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2008-04-29
Japanese Slung
皆さん、こんにちは。アクタスの奥村です。

先月日本の友達がNYに遊びに来ました。私がアメリカに来てから5年経つのですが、地元の友達が遊びに来てくれたのはなんとこれが初めて。私の実家から自転車で15分のところに住んでいるご近所さん。

さて、先日私の友達を含め皆で晩ご飯を食べていた時に話題になったのが、最近の日本の流行語。久しく日本に帰っていない私にとっては未知のこと。

「最近日本で一番流行っている言葉は?」

この質問に対して一番に返ってきた答えは、

「KY」

え?KY?何の略?色々当てずっぽうで単語を挙げていったのですが、どれも当てはまらず。私の友達曰く、日本では皆誰でも知っているそう。

さて、その答えとは

K=空気 Y=読めない の略。

KYとは、場の雰囲気・状況を察することが出来ない人のことを指すそうです。メディアや政治関連のニュースで使われた事がきっかけで広まり、昨年の新語・流行語大賞にもノミネートされた程日本では流行っているこの言葉、KY。

意味は理解できるものの、日本中がこの言葉を使っているという想像ができません。

友達に例を挙げて説明してもらい何となく分かるようにはなったのですが、全く無知の私には使い方も分からず。。友達に何度も使い方を説明してもらっていると異国の言葉を勉強しているような感覚になりました。

その後、自宅に戻りインターネットで「KY」を検索してみると、説明だけでは無く、その言葉に関連する記事がたくさん出てきました。只、残念ながらどの記事もネガティブな内容ばかり。実際に「空気が読めない」という言い回し自体もネガティブ。

もともと「場の空気を読む」という言い方は、コミュニケーション能力を表す言葉として知られていると思います。人の気持ちを察する、人間関係を維持するうえで必ず必要となってくる能力。大学時代の心理学の授業で習ったのですが、アメリカではこの場の空気を読む能力を測るテストもあり、「EQ Test」と呼ばれています。私も授業の一環で受けたのですが、日々の生活に関連した質問が多く、回答するのが面白かったのを覚えています。かなり悩むケースも多々ありましたが。。

KYという言葉が流行るという事は、日本人が場の空気を読むという事を重視している、人とコミュニケーションを取るうえでその点を注意しているというふうにも受け取る事ができますが、それでも批判的な使い方の方が広まっているという事には疑問を感じます。

もっと皆がハッピーになれるようなポジティブな言葉が流行ればいいのにな。

ちなみに私の好きな言葉は「ありがとう」です。

アクタス
奥村真知子
2008-04-21
趣味と器と心と私
アクタスに入社してから早いもので丸1ヶ月。
ついに私も長年の憧れだったJobログへの参加が実現しました。
これまで先輩諸氏が残された笑いあり涙ありの過去ブログを拝読し、私の1発目には何を持ってきたらよいものか2ヶ月前から悩んできました。
散々悩んだ結果、やっぱりここは陶芸の話をします。

NYで陶芸をやっています。
約3年になりますか。間が空いているところもあるので実質2年位です。
きっかけは妻からの誘いです。
妻は昔から陶芸が好きで日本でも教室に通っていました。
NYに来ても出来れば続けたい。むしろ、日本では手びねり(こちらではHand-buildと呼びますね)しかやらせてもらえなかったが、NYの教室では電動ろくろ(Wheel)まで学ばせてもらえる。絶対やる。ま、そんな感じで。
私はバスケットボールとか酒飲んだりとかウィンドウショッピングとか、余暇の活動といえばそんなもので、趣味らしい趣味を持っていないな、よっしゃこれも何かの縁だし今まで全く考えもしなかったものに手を付けてみようと一念発起しました。
尤も、私が如何にがさつで不器用かを熟知している家族・友人は、私の新しい趣味に対して半笑いでしたが。「ふざけるな」と。
いまだに人によってはこの事を明かしていません。

さてそんなこんなで始めてみた陶芸ですが、最初は全然楽しく無かったです。手びねり教室に4週間、その後電動ろくろ教室に6週間。
これで基本を一通り身につけ、後は自分でやりながら体に覚えさせていくわけです。
前述のとおり私は手先が不器用で性格も適当。先生の教えて下さった事なんてそんなすぐに出来ません。隣でやっている妻は器用だし経験者なので私よりもかなり上手に見える。「あ、これは合わないかもな」って始めて数週間後には思っていましたね。
先生も実は同様に思っていたと、後でばらしてくれました。

それでもいまだに続いているのは、根本的に「一度始めた事を結構やめない」性格のせいでもあるのですが、それなりに楽しい事もあるからです。
まずどんなに下手でも不恰好でも、自分が作った器は愛しいのです。我が子のような気分になりますし、割れようものなら心の底から悲しみに暮れるでしょう。自分で作ったぐい呑みで楽しむ酒、小鉢に盛られた煮物の美味さは、ちょっと言葉では言い表す事ができません。それに、焼かない限り土は何度でも再生可能です。気に入らなかったらまた最初からやり直せばいいんです。

又、陶芸では上手さや綺麗さと「味」は比例するとは限りません。つまり歪んでしまったり、思ったとおりの色が出なかったり、というのが結果的にその器だけが持つ雰囲気になる事もあるのです。
実は私の中ではこの事が陶芸の持つ一番の魅力だと考えています。
完全に整った器が最も価値がある、という世界だったら私はすぐにやめていたでしょう。
技術的には私は教室の中で一番下手です。周りは経験数十年・作れないものはない、くらいのベテランばかりです。では彼女等/彼等の作品は全て魅力的かというと、必ずしもそうではないんですね。むしろ器の魅力は不均等・歪みといった計算できない部分に依拠する場合も多いのです。
逆に、どこかの店に数百ドルで売られている器よりも、隣の生徒が作った5ドルの作品の方がずっと格好良く見える事だってあります。
目の前にある自分が作った不恰好な作品は、少なくとも私にとっては世界に一つしかない大事なもの。そう思える瞬間が私に今まで陶芸を続けさせているのだと思います。

皆さんもそれぞれご自分の趣味をお持ちの事と思います。
「是非やってみて」というのがあったら教えてください。

ちなみに私には料理もストレス解消に結構重要です。その話はまたいずれ。

木村
2008-04-14
転機とご縁と運命
人生には、転機と思える「決断」や運命とも言える「ご縁」があるのだと、しみじみと感じている今日この頃。
いろいろあるけれど、私の転機といえる最初の転機はおそらく7年前。
会社を辞める決断をし、当初は意図してなかったけれどアメリカ本土の地を踏むことに。
いろいろな人に出会い、本当に貴重な時間を過ごす事ができ、自分の何かが変わった気がしました。
1年経たずして日本に帰国したけれど、なぜだか根拠も無く「またここに戻ってくる」と感じたのです。

そして5年の月日が経ち、私はまたもや根拠も無く「今年中に私はニューヨークに行くんだ」と確信。
かなり厳しい状況でしたが、いろいろな人に出会い、助けられ、何かに引き寄せられるように再びアメリカの地を踏むことになりました。
運命なんて、これまで特に考えることもなかったけれど、今思うと運命に引き寄せられて、良いご縁に恵まれて、今自分はここにいるのか、と思わずにはいられません。

これからもご縁を大切に、運命を楽しみながら生きていけたら素敵だと思っています。

(宮原)
2008-04-07
次の面接の朝には
「One Cannot Not Communicate」
大学でコミュニケーション学を専攻していた私は、
多くのクラスで、この理論を耳にしました。
直訳にすると「コミュニケーションをとらないということは出来ない」
つまり、「人は常にコミュニケーションをとっている」ということです。
この理論、皆さんは聞いたことがあるでしょうか?

人が誰かとコミュニケーションをとるために、言葉を発し、
文字を書き、ジェスチャーを通して、相手に何かを伝える。
これはもちろん、誰もが認める「コミュニケーション」です。
では、人が誰かとコミュニケーションをとっている状態というのは、
こういう時のみなのだろうか?というのが
コミュニケーション学者の中で長年論議されていることなのだそうです。

「Non-verbal Communication(言葉以外のコミュニケーション)」
という言葉はクラスの外でもよく聞く言葉です。
例えば、声のトーン、スピード、視線、姿勢、など。
自分では気づかないうちに、実は相手に何らかのメッセージを送っている、
そして、実はそれが一番正直なメッセージだったりする・・。
こんな話を聞いたことがある人も多いのではないかと思います。
ではいつも運転している車はどうでしょう?

ある日、保険業界の営業をしている私の友人が、
車の雑誌のページをめくりながら、こうぼやいていました。
「本当はスポーツカーが欲しいんだよなぁ・・。でもさ、俺、
保険の営業やってるだろ?さすがにそれで営業には行けないしな・・」
赤いスポーツカーから出てくる営業マンの売る保険より、
白のセダンから出てくる営業マンの売る保険の方が
信憑性も信用性も高いというのが彼の言い分です。

確かに。
例え人が言葉を発したり、体を動かさなくても、
自分の身に着けている洋服、アクセサリー、持ち物、髪型、肌の色・・・
そういったものは、周囲の人に必ずなんらかのメッセージを送っています。
自分がとろうともしていない「コミュニケーション」を
実はいつの間にかとっている・・・。
それは、周囲に人がいる限り避けられないことなのです。

このことをクラスで学んだ時は、「へえ~面白いなあ」と思う反面、
「なんて恐ろしい!」と思ったわけですが・・・
よく考えれば、このことをプラスにも利用できるわけです。
面接に行く時の格好って、結構悩みませんか?
ネクタイの模様とか、シャツの色合いだとか、化粧の仕方だとか・・・。
振り返れば、私は「面接」という場に行くための身支度をしていて、
自分が相手にどんなメッセージを送るか、なんて
考えたこともありませんでした。

「Non-verbal Communication」に注意して面接を受けるのは
とても大切なことです。でも、コントロールするのは、なかなか難しい。
練習も必要だし、逆に緊張しすぎてしまうかもしれない。
それならまず、簡単に変えることのできる、
「身に着ける物」から気をつけてみるのはどうでしょう?

3重にしていたマスカラを2重にしてみる。
磨いたことのなかった靴を磨いてみる。
留めていなかったボタンを留めてみる。

何かをほんの少し変えるだけで、相手が受け取るメッセージも変わるはず。
「One Cannot Not Communicate」
次の面接の朝には、この言葉を思い出してみて下さい。

(武井)