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2008-06-30
言葉って??
皆さん、こんにちは。アクタスの奥村です。

私が最近読んだ本の中にこんな一文がありました。

「感じたことを自分の言葉にするっていうのはすごく難しいんだよ。みんな色んなことを感じるけど、それを正確に言葉にできる人はあまりいない。」

確かにそうだ!
主人公が発した何気ない一言。でもそんな一言が私の頭にずっと残っています。何度もこの一文を読み返してしまいました。

面と向かって話ができれば、言葉が足らなくとも「笑顔」でいれば少なからず気持ちは伝わります。でも電話やメールだとどうでしょう。私は自分の思っている事をお腹の中にためるタイプなのですが、すぐに顔に感情が出てしまいます。それもそれで楽なのですが(笑)

毎日色々な人と話をしながら、もっと自分の思っている事がうまく伝えられたらいいのに‥とこの仕事を始めて考えるようになりました。

言葉はコミュニケーションのツールにしか過ぎない、と私の大学時代の教授が言っていのをふと思い出しました。あくまでもツールであって、大切なのはどの言葉を選ぶのかとその言葉の意味なのだと。小さい頃は響きや言い回しがカッコイイと思い、それだけの理由で意味も考えずに口から出していた英語。今振り返ってみて日本語に訳してみると、とんでもなく恥ずかしい事を口にしていたのでは、と思う事もしばしば。英語だけでは無く日本語も他の言語でも、言葉の持つ意味が一番大切なんだと思います。

そんな事を考えながらこうやってブログを書いている今も、言葉を選びながら何度も文字を打っては「 Delete」キーを押して、を繰り返している私がいます。言葉って難しいですね。でも他人と分かり合う為には大事な事です。

私ももっと日々の生活の中で感じた事を素直に言葉で表現できるように心がけようと思っている今日この頃です。

アクタス
奥村真知子
2008-06-23
ボサノヴァの神様
皆様こんにちは。NYオフィスの木村です。

約1ヶ月前とある音楽系ウェブサイトを見ていた時の事。
驚愕すべき情報がそこにありました。
「ジョアン・ジルベルトがカーネギーホールで公演」
金も無いしな、と2秒ほど迷った後、気が付いたらチケット購入手続きを終えていました。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、ジョアン・ジルベルトは50年前ブラジルでボサノヴァというジャンルの音楽を発明した偉大な人。マイルス・デイビスは「ジョアンが新聞を朗読すればそれは名曲となる」と評した人物です。今でも活動しているものの年齢は77を迎えているので、「次は何時なのかわからない。2度と見れないかもしれない」という存在です。
まさにボサノヴァの現人神。
最近は日本も数回来訪しているのですが、まさかその為に帰国するわけにもいかず恨めしい気持ちでいたものです。しかし今回はNYでの公演。まさか生で見れるなんて。

開演30分前のカーネギーホール。舞台上には椅子が1つとスピーカー2つがあるのみです。噂によるとジョアンは非常に神経質であり、またかなりの奇行癖の持ち主という事。開演前に突然「帰る」なんて言い出したらどうしようなどど心配しましたが、無事5分遅れで始まりました。ギター1本持って舞台に現れただけで割れんばかりの拍手。しつこいようですが、まさかまさか本物を見れるとは…。でも舞台上のおじいさん、いや神様は全く動じず、一言も話さず、いきなり歌い始めます。

その歌声は全く色褪せることなく、一瞬にして超満員のカーネギーをブラジルのビーチまで連れて行きました。
上述しましたように舞台の上には彼1人、耳に入ってくるのは彼の声とギターだけ。3千人弱の観客の視線の先にあるのは彼のみです。
彼は挨拶も雑談も一切せず2時間歌い続け、最後に『イパネマの娘』を披露し、「じゃ」って感じで舞台を後にしました。アンコールもカーテンコールもなし。まるでその2時間は現実ではなかったのかと思ってしまう程、すっと出てきて帰っていきました。

心身ともに満たされた私に、カーネギーは再度襲い掛かろうとしています。実は今週金曜にも私のかなり好きなジャズシンガーが同ホールに登場する予定なんです。今まで一回も行った事が無かったのに、何故か今週に限り私の好みを読み尽くしているような様子のカーネギー。
私の銀行口座残高は「行くな」と申しております。
2008-06-16
空が広い!
ニューヨークからオハイオの地に降り立って早3ヵ月半。
アメリカに来たばかりの頃は、オハイオってどこ?地理関係が全く分かっていませんでした。
それでも、縁あってやってきたこの地に、少しずつ愛着が沸いてきました。
第一印象は、とにかく「空が広い!大きい!」という事。
東から西へぐるっと見渡せる空。ニューヨークではビルに隠れてしまっていた朝日と夕日。夜にはテラスから星を眺めて。。。そんな大きな空を見ていると、心が落ち着きます。

今まで自分は断然都会のほうが好きだと思っていました。素敵なレストラン、ショッピング、アート、エンターテイメント。。。何でもあって、刺激的なニューヨーク。
どこから来たの?という問いに答えると、「大丈夫?全然違うでしょう?オハイオは好き?」と心配されるのですが、自分でも驚くほど、それほど違和感無く生活しています。田舎でありながら適度に町もあり、日本食材も手に入り、人柄も良い町。
もちろん、都会も好きで、たまには刺激が欲しくなるけど、その時は遊びに行けばいいのですから。

どんな環境でも、無駄にその地にいることはないと思っています。
みなさんも、それぞれの地域で、悔いのないよう是非楽しんでください!

宮原
2008-06-09
One month to live
「One month to live」
あと一ヶ月しか生きられないとしたら・・
あなたは何をしますか?

先日、そんな本の話を聞きました。
ここ数年で、私の知り合いで亡くなった人が何人かいます。
突然亡くなってしまった人もいますし、
余命数ヶ月と宣告されて亡くなった人もいるでしょう。
毎回そのような知らせが届く度に、遠くアメリカにいながらも、
どうにかして親孝行というものをしなくちゃいけないなあ、
なんて考えてしまいます。

数年前に私の祖母が亡くなりました。
余命3ヶ月と、まるでドラマかのように家族に告げられ、
両親の希望で本人には、最後まで正しい病名も余命についても
知らされませんでした。
祖母はいわゆる困難な時代を乗り越えてきた「強い女性」で
店を切り盛りしながら、女手一つで子供を育て、
病を患った時も家族に知られないよう、隠れながら病院へ行き、
最後の最後まで「痛い」という言葉を残さないような人でした。

祖母が病院へ入院している間、そして亡くなった後、
私が疑問に思っていたことは、一体彼女は自分の病気や余命について
知っていたのだろうか、ということでした。

祖母はその答えを、驚くほどしっかりと残していきました。
通夜の準備で団子の粉が必要になり、母が冷蔵庫の中を探していると、
「だんごのこな」と書いたビニール袋が出てきたと言います。
私の家は両親共働きのため、全て祖母が食事の支度をしていました。
つまり、わざわざ「だんごのこな」などと書かなくても、
どこに何があるかなど十分に分かっていたはずなのです。
それは、自分の通夜に必要になるであろう粉を、家族や親戚の人が
見つけやすいようにとの祖母の配慮でした。
また、次の日母に呼ばれ祖母の部屋へ行くと、
綺麗に片付けられた部屋に、祖母が一番好きだった着物が一つだけ、ハンガーにかけられ残されていました。
一緒に棺桶にいれて欲しいという祖母の最後の願いだったのでしょう。
あの時の母の「分かっていたんだねぇ・・」という言葉は忘れられません。

祖母は病を患いながら最後の数ヶ月、数週間、そして数日、
何を考えて過ごしていたのでしょうか?
自分だったら何をするだろうかと考えることがあります。
そして、もしそれが周りの人だとしたら、自分は何をしたいか、
何を伝えたいかと考えることもあります。
それが、もし1ヶ月ではなく1日だったら・・。

だからこそ、ただ時間に追われて過ごすのではなく、一日一日
後から後悔のないように過ごすことが大切なのかもしれません。
一日の終わりに、あれもしとけばよかった、これもすればよかった、と
思い返すことが多いのは、私だけではないはずです。
何の後悔もなく、「ああ、今日もいい一日だったな」と思い目を閉じる。
簡単なようで、実は難しいことです。
だからこそ、今週一週間、毎日そう出来たらきっと素晴らしい一週間に
なるに違いありません。
それが私の今週の目標です。

(武井)
2008-06-02
姪っ子エリカ
私にはもともと姉妹が多いので、すでに姪っ子も甥っ子も何人かいるのだが、1ヶ月程前に久しぶりの姪っ子ができ、ベイビー好きな私は少しでも早く赤ちゃんが見たく、現在姉が住むスペインへ行ってきた。数年前から不妊治療を続けてようやくコウノトリが運んでくれた赤ちゃん。姉の努力や苦労は並大抵ではなかったと思う。赤ちゃんは姉のお腹の中で3、800gまで成長し、生まれた時からすでに髪がふさふさしていたらしい。姉のご主人はドイツ人なので、日本人とドイツ人の血を持つことになる。目は少し灰色がかった色で、髪は少し茶色。でも今のところ見た目はまったく日本人で、手足のしっかりしているところは、私たちの家系を強く受け継いでいるのがよく分かる。これぞ高橋の子供という感じ。ま、頭の方はご主人の血筋を受け継いでくれていることを望むのだが、それはどうかな?

ご主人のピーターはエリカが産まれる寸前まで、「赤ちゃんが産まれても、今まで通り僕の面倒も見てね!」と姉に甘えていたそうだが、エリカが産まれるなり、りっぱなお父さんに早変わり!時間のある限り赤ちゃんをあやし、オムツを換え、沐浴をさせ、ゲップをさせ、寝かしつける。音楽にもとても気を使っていて、常に優しいクラシカルなどの音楽を流し、自分も適当な替え歌をつくったりして、ずっと話しかけている。姉が母乳を与えていると、「あ~、これだけは唯一、僕がエリカにしてあげられないことなんだ。」と真剣に悔しそうな眼差し(笑)。また、現在自分たちが住んでいる通りの名前を取って、「ラガスカ通りいちの美人」とすでに勝手に決めこみ、「これは僕が父親だから言うのではなくて、世間一般に見てエリカは本当に美人だと思うんだ。」などと、生後まだ4週間のエリカを前に真剣に話すのを聞いていると、親が自分の子供を何よりも誰よりも可愛く思う(親ばかとも言うが。。)は本当に世界中同じなんだな、とつくづく思う。

私は、遠く離れたスペインという国で姉が一人では、きっと産後が大変だろうなと思って行ったのだが、これだけご主人が働いてくれていたら何も心配なし。新米お父さん、お母さん、頑張ってね。NYから応援しています。

NY 高橋