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2009-06-29
ネパール
こんにちは、アクタスの奥村です。

先日ネパール人の友達の卒業パーティーに参加しました。

ネパールは、中国やインドに囲まれた南アジアにある国で、ヒマラヤ山脈で有名な国です。

同じアジアですが、私はその友達に出会うまで、学校の地理のクラスのテストのために、ひたすら国の場所を暗記したぐらいで、正直あまりよくネパールのことを知りませんでした。

でも今は、ネパール料理を食べ、ネパールのパーティーに参加するほどに。
友達のお父さんはヒマラヤ山脈のガイドをしているそうで、山に登る体力があるかは自信無いですが、いつか必ず一度は訪れてみたい国の一つです。

さて、パーティーの様子はといいますと、ネパール・インド・中華料理のバッフェ、歌や踊りのパフォーマンス、ケーキカット、感動スピーチ、そして、、、、

延々と夜中まで続く、、、ダンス!!

ネパールのパーティーに参加していつも驚くのが、このダンスです。
夜中だというのに、ちびっ子も、おじさんおばさんも、そしておじいちゃんからおばあちゃんまで、延々と踊り続けるのです。曲は伝統的なものから最近の流行の曲、リミックスバージョンまでと様々。そして皆さん、かなり上手い!

私はといいますと、早い段階で脱落。。体力が持ちません。
伝統的なダンスに初めて挑戦したのですが、単純なステップの繰り返しではあるものの、難しくて、結局最後は足踏みをしながら輪に入って出来てるフリを。

本当にネパールの方々のタフさにはいつも驚かされます。
別のネパール人の友達から以前聞いた話ですが、彼女は町から離れた小さな村に住んでおり、飛行場から家に着くまで徒歩で3日間、そして家から水汲み場まで大きなバケツをもって何時間も歩くという生活をしていたそうです。また、夜の7時・8時になると停電になるのは当たり前だそうです。便利さに慣れてしまっている私には何だか遠い昔の話のように思えます。日々のあたり前のことにも感謝をしないといけないな、改めてと思いました。

また、ネパール人は、家族や友達、文化や伝統を本当に大切にしていると思います。この日もその友達のために、他州からも親戚や友達が来たりするほどでした。

こういう体験をすることによって、自分のこと、自分の国のこと、色々と考えさせられます。日本にとどまっていたら見つめなおすことも無かったかもしれません。貴重な体験です。

人種のるつぼ、ニューヨークでしか出来ないこと、出会えない人々、ここでの毎日を意義のある大切なものにしようと思いました。

みなさんも色々なことに挑戦して、人との出会いを楽しみましょう。

機会があれば、是非ネパール文化にも触れ合って見てください。
一番良い方法は、まずは「食」でしょう!
ネパール流小籠包、カレー、そして日本の「すいとん」のような一皿(名前は忘れてしまいました。。。)食べることで、アジア各国のつながりも感じることができます。

奥村真知子
2009-06-22
アレックスという犬について
私は物心ついたころから、ずっとペットと生活をしてきました。
覚えている限りでは犬が3匹。ウサギが8匹。猫が1匹。お祭りで買ってもらったカラーひよこはどのくらいの数になったかは覚えていません。白い手乗り文鳥をツガイで2組ほど。あとは祖父が手をやいて家に持ってきてしまったガチョウとアヒルのハーフのような鳥が2羽。
母が特に動物好きだったとは思いませんが、私と弟に命の尊さと、命に対する責任感と、命を大切に育むことを教えたかったようです。

2週間ほど前、母からの知らせで17年か18年生きた、最後の犬が他界したことを知りました。

シベリアンハスキー犬で、ペットショップからうちにやってきた時はまだぬいぐるみのようにふわふわして可愛らしい生き物だったのですが、みるみると大きくなってびっくりしたことをよく覚えています。

車キチの弟の命名でアレックス、という名前になりました。当時、ちょっと人気のあったF1ドライバー、アレッソンドロ・ナニーニのファーストネームを頂戴したのですが、名前負けとはこの犬のこと。弟が社会人になったばかりの頃で、真っ赤なスポーツカーを買いました。弟の構想では、クールに気取った大型犬を助手席に乗せてブイブイ飛ばすことを夢見ていたようで、アレックスが少し大きくなるのを楽しみに楽しみに待ち、いよいよ、外から見ても助手席に犬が乗っているのが見えるくらいに大きくなって、初ドライブに出かけたのですが、なんでも思うようにはいかないものです。車にはめっぽう弱い犬であることがすぐに判明。車酔いをし、朝食べたものを全部ゲェ~っと新車のシートに吐いてしまう始末。その後は少し開けられた窓ガラスから長い口を突き出して、ピンクの舌をだらーっとたらしているものですから窓はよだれだらけ。うちの弟がその後、2度とアレックスを車に乗せなかったのは言うまでもありません。

逃亡癖があって、と言っても逃げたいわけではないのですが、自由が好き、というのでしょうか。とにかく首輪や金具をはずすことをすぐに覚え、ひとりでふらふらそこら辺を散歩に行ってしまうのです。でも、どうやってどこを歩いたのかわからなくなってしまうらしく、賢いのだか、おばかなのだか。。。すぐに迷子になり、そのたびに家族総出で夕方探して歩き、大きな犬なものですから近所の人には怖がられ怒られ、うちの弟を怒らせたのは言うまでもありません。脱走をなんども繰り返しては、奇跡のようにいつも私たちはアレックスを見つけていたのですが、ある日、とうとう見つからず、一晩を越えてしまいました。心配した母が、念のため、と保健所に電話をしてみたところ、ハスキー犬らしき犬はいないけれど、どろんこで汚い大きな犬で青い目と茶色い目をひとつずつもった犬ならいる、と。うちのアレックスでした。弟は仕事にでかけていたため、母は自転車で(母は車の運転ができません。)遠くにある保健所までアレックスを迎えにいきましたが、一晩、暗い、汚い折につながれ、命の危険を感じていたのか、母によるとアレックスは腰が抜けてしまったようにまったく歩けなく、仕方がないので、大きな汚い犬を母は自転車のかごに乗せ、家に連れて帰ったとか。想像をするだけで笑えます。奇妙な姿に違いありません。本当に大きな犬でしたから、ままちゃりのかごになんかお尻くらいしかはいらないはず。

18年も生きてくれたので、エピソードはたくさんあります。私は数年一緒に暮らしただけでしたが、何年ぶりに帰っても私の匂いをすぐにかぎわけて、文字通り飛びついてきてくれる可愛い可愛い犬でした。

今度、日本に帰ってもアレックスが私にとびついてくることがないのかと思うと、心から寂しい気持でいっぱいです。

そしてもっと寂しいことに、日本の実家には今、ペットがいません。でも、ニューヨークに来てからずっとペットなしで生活してきた、私の我が家に今は猫ちゃんが2匹いて、私の心をなごませてくれています。そのうち、この子達のことを書くことになると思いますが、今日はアレックスの思い出話でおしまいです。

((大矢))
2009-06-15
姉の妊娠
私の姉が妊娠中です。実は私は個人的には子供が欲しいと思ったことがなく、子供もどちらかというと苦手な方なのですが、前々から私の友人から、“身内の子供は可愛いよー!”っという話をよく聞いていたんですが、“いや、私はきっとそんなに可愛いとは思わないだろう”っと内心思っていました。でも、実際に姉が妊娠をしたと聞いた時、“おー!早く赤ちゃんに会いたいな”っと思う感情に自分でも少し驚きました。

妊娠日記というものを姉がオンラインのブログで書いていて、私も時間がある時によくチェックしているんですが、お腹の中の赤ちゃんの成長がよく伝わってきて、それを読むうちにどんどんと愛情が芽生えてきています(笑)今では、ショッピングで赤ちゃん物の店を見つけると、無意識に目線がそっちに行き、どんな服をプレゼントしようかなーっと今からウキウキしています。

先日、赤ちゃんの性別もわかり、念願の女の子だそうです。姉は女の子も男の子も両方欲しいそうなのですが、一子目は女の子の方が育てるのが楽だとよく聞いていたので、とても喜んでいました。

姉の書いているそのブログのサイトには他のお母さん達の妊娠、出産日記なども書いてあり、それを読むと本当に出産は大変なんだなーっとしみじみ感じ、私には出産は無理だと再認識しましたが(笑)、姉の出産予定日は今年の10月!もうすぐ赤ちゃんに会えるのが楽しみです!!

井上
2009-06-09
今後の行方?
アメリカ自動車業界のBig3を担っていたゼネラルモーダーズ が、
今月1日に連邦倒産法第11章の適用を申請し、
2日前にはアメリカ国内の失業率がついに9.4%で、
二桁になるのも時間の問題。果たしてこの先どうなるんだろう?と
不安を抱かずにはいられない今日この頃、です。

そもそも、住宅バブルに端を発した今回の不景気。
犯人探しの為に、元FRB議長だったグリーンスパンなども、
リーマンショックのすぐ後に公聴会に呼ばれていました。
アメリカの優秀なブレーンをもってしても、本当に何が起きたのかを
把握するのにかなりの時間を有していましたが、
それもすべては複雑な金融システムを作ってしまった結果だったようです。

少し前のニューヨークタイムスに、短期間でお金を稼ぎたい
頭脳明晰な人物たちがウォールストリートに集まりすぎた結果、
マネーゲームとなってしまった旨のコラムが載っていました。
本来金融システムは、国民誰にでも分かりやすく、
透明なシステムであるべきなのだと。

AIGがベールアウトを受けておきながら、エグゼクティブにボーナスの支払い、
当然のように国民の大ブーイングを買っていましたが、一部では、
優秀な人材をファイナンスの業界につなぎとめておくには仕方がない
という考え方もあったようです。
そんな考え方自体に、疑問を抱かざるを得ませんが。

ただし、高い学費を払ってトップのビジネススクール(経営学大学院)を
出たら、手っ取り早く回収できるのはI Bank (投資銀行)という考え方が、
日本でもアメリカでも、当然だったように思います。
2年程前には、一部バンカー達は、ウォールストリートでは十分稼げないと、
ドバイの金融機関で職を見つけていたと言われていました。

ただ、本来は金融機関に優秀すぎる人材は必要なく、
こういった人物は別の業界に行って、本来国の発展を支えるような
別の産業で活躍するべきではないかと言うのが、
ニューヨークタイムスのコラムの結論でした。

そもそもアメリカは他国民国家で、言葉で説明してもその真意が
伝わらないことも少なくなく、様々な数字が採用された歴史があり、
それを教えるのがビジネススクールです。
ただし、それがすべてになってしまったのが、
ビジネススクールの功罪だとも言われています。
今後はビジネススクールの存在意義、プログラム内容が問われる時代が
来るかもしれません。

さて、景気に関して言うと、悪い話だけでもなく、
ちらほらと明るい話題も出てきています。
アメリカでは株価も安定してきているとか、ゼネラルモーターの行方が
ハッキリした事で、政府は不良債権問題に手がつけられるため、
景気が底を付くのも時間の問題ではないか、などです。

そして、米国にある日系自動車メーカーは、他の製造メーカー同様、
確かに今は苦しい時で、ワークシェアリングを取り入れ耐える時のようですが、
実はR&D部門は忙しく人材が足りないくらいだとか。
この景気の波が引いた時に、他社より抜け出していられるように、
今から準備をしているとも言われています。

調子がいいときには気づかない大切な事を見つめられ、そのために
努力が出来る人こそが、今後の大きな飛躍に繋がるのでしょうね、きっと。

松浦
2009-06-04
I Can't Get No Satisfaction
木村です。
前回NBAのプレイオフ決勝チーム予想をしましたが、進出した2チームの内1チームは予想と違いました。まあそれでも準決勝に進んだ4チームは全て私のイチ押しに含まれていたのでなかなかシャープな読みだったフフフ、と気味悪くひとりごちたところで本題に入ります。

といっても今回もバスケ絡みになってしまいますけど。
田臥勇太(たぶせゆうた)さんをご存知ですか?
バスケットーボール選手です。
日本人で唯一NBAでプレイをした選手です。

私が彼のプレイを初めて観た時の事を今でも鮮明に覚えています。
今から約10年前、まだ私がアメリカで学生をしている時の事です。
夏休みで日本に帰省をしていた私は、実家で深夜テレビを一人で観ていました。時差ぼけも残っていたのか、「眺めていた」という表現の方が正しいかもしれません。たまたまテレビでは全国高校バスケット大会の決勝が流れていました。(高校野球や高校サッカーとは違い、バスケの試合はたとえ決勝であってもプライムタイムに放映されることはまずありません。)

放映されていた試合を横になって他の事を考えながらぼーっと眺めていましたが、1人だけ周りと全くレベルの違うプレイをしている選手が居る事に気付くのに時間はかかりませんでした。気付いたら姿勢は横から縦になっていて、眠気は完全に遥か彼方へ。田臥選手から繰り出される1プレイ1プレイの新しさ・美しさは、初めてマジック・ジョンソンのプレイを観た時の衝撃と同じものでした。後から知った事ですが、彼が秋田県・能代工業高校に在籍した3年間は、高校総体、国体、全国高校選抜の3大タイトルを全て制し、史上初の「9冠」を達成したチームとの事です。

しかし高校卒業後の彼のキャリアが大成功であるとは言えません。
日本人として初のNBA選手という実績は勿論掛け値無しに素晴らしい事ですが、4試合に出場後解雇という事実は少々寂しいですし(ちなみにその4試合の内の1試合を私はスタディアムまで行って観ました。ものすごい小さな自慢です)、その後も毎年NBAチームのトレーニングキャンプに参加するも選手登録にまでは至っていません。

田臥選手は今年もNBAのトレーニングキャンプに参加します。
もしかしたら彼が再びNBA選手になる事は無いかもしれません。
今年29歳になる彼は経験値こそ現在も上向きかもしれませんが、体力・技術を含め総合点がこれからも上昇し続けると考えるのは難しい。
でもきっと彼は挑戦を止める事は無いだろうな、根拠はありませんがそう感じます。

色々な理由があるはずです。野心名誉金銭といった理由だってゼロではないでしょう。でも一番の理由は「楽しいから」だと勝手に解釈しています。
世界中のバスケ選手の中のほんの一握りだけが存在する事を許される、究極の領域。
想像を絶するようなプレッシャーを享受してでも、それと引き換えにするだけの価値がある甘美な楽しさがあるから、彼は又今年もその地に赴くのだと思います。

わざわざ言うまでもありませんが私はそのような世界を経験したことは今までありません。
でも現状に満ち足りない気持ち、未知に挑む力を出来る限り持ち続けたいとは思っています。
何時まで持てるでしょうか。来月までしょうか。それとも40年後?