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2010-08-30
LLWSって何?
LLWSってご存知ですか?

Little League World Series というリトルリーグ野球の世界大会です。

今年は、インターナショナルリーグ代表の日本チーム(江戸川南)がアメリカ代表のハワイチームを4-1で破り、見事7年ぶりの世界一となりました。

実はこのLLWSという大会は、アメリカでは日本でとってもメジャーなWBCという野球のワールドカップ(?)よりもポピュラーで人気のある大会なのです。今年は、なんとインターナショナルの決勝戦(台湾vs日本)を全国ネットであるABC局がライブで放送していたぐらいです。

おそらくこの人気の秘訣は、日本の高校野球に通じるものがあるからじゃないでしょうか。

一生懸命にプレーする子供たちの姿、熱狂的な応援をするスタンドの大人たち。
そして何より見ていて楽しいのが、プレーしている子供たちの笑顔や喜びの表現です。

プロ野球(特にメジャーリーグ)になると、相手に気を使い、あまり喜びを爆発させてはいけないというルールがあるため、なかなかあのような喜びってみれないんですよね。
そういったことからもこの大会はスポーツ本来の良さを思い起こさせてくれます。

という事でアメリカの夏の風物詩になりつつあるLLWSは、野球ファンのみならず、必見の価値ありです。


ちなみに、すぐに感化される我が家は、暑くて外に行くのをいやがる子供を叱りつけ、グローブとバットを持ち早速セントラルパークで猛特訓を行ったのでした。


江戸川南の選手たちへ。

優勝おめでとう!そして素晴らしい試合をありがとう!
君たちが優勝してくれたおかげで、その晩はたくさんの近所の人たちから「おめでとう。」というわれておじさんは鼻高々でしたよ。



鈴木
2010-08-23
ベッド・バグからワイナリー・ツアーまで
ここ最近のニューヨークの主な話題といえば、ベッド・バグ(ダニ)。
噛まれるだけで病気を運ぶわけでは無いようですが、
様々な小売店や個人宅で出没しており、被害総額が確実に
上がってきているようで、警告が促されています。

そして先週のニューヨーク・タイムズ紙で取り上げられていた記事は、
“日本のGDPがついに中国に抜かれ、世界3位になった”という事。
以前のブログでも書いたことがありましたが(4/12/10 中国の台頭?)、
2035年辺りまでには中国のGDPが世界一になるだろうという事は、
定説になりつつあるようです。
中国は技術の無さが指摘されていますが、それも企業買収によって
補われるのではないかと言われています。

先週になりますが、友人の友人が日本からドミニカ共和国に旅行に行くのに、
ニューヨークで飛行機を乗り換えるために1泊するという事で、
ディナーを一緒にしました。

彼は私とほぼ同じ年にも関わらず、県会議員として勤務しており、
政党に所属するとサラリーマンのようで、自分の考えに反する事も
サポートしなければならないということで、無所属を貫いている人です。
彼は米国に留学していた事も有り、今の日本を冷静に見ており、
話をしていると、なるほどなぁと思うことが、とってもたくさん。

その彼の話の中の一つに、ここ最近中国や海外の企業が日本の森林を
買収し始めているという事がありました。
日本には実質それを阻止するルールや法律は一切無く、このまま行くと、
将来的に水を海外の企業から買わなければならない可能性が
出てきてくるらしい、というのです。

更には、一般的な外交においては、他国は“日本を追い詰めない程度に
付き合う”ようにしているという事でした。
戦後、奇跡の復興を遂げ、経済大国になった日本は潜在的な能力が高く、
本来の力を発揮すると、手強い国になってしまうからという事のようです。

日本はガラパゴス島に例えられ、世界での競争力がなくなっている事が
色々なところで指摘されているのを見受けます。
若い世代は内に目が向き、海外を見ておらず、戦後の復興を支えてきた
団塊世代は定年を迎えています。

何だか不安要素がいっぱいの中で、上述の友人のように真剣に
日本のことを考え、良くしていきたいと思っている人物がいるのは、
希望が持てるなぁと率直に思ったのでした。

と、そんな大きな事を思っても、残念ながら今の私に出来ることは
何も無さそうで、まずは地元コミュニティーのお手伝いと、
NY新潟県人会でロング・アイランドワイナリーツアーを、
こつこつと企画しているのでした。笑
ご興味がある方、ご連絡下さい!

松浦
2010-08-16
マイノリティーであること
こんにちは。武田です。
もう早いもので2度目ジョブログです!

今週はちょっと真面目に、アメリカに住む私たち日本人にとっては切っても切り離せない、「マイノリティー」であること、について書きたいと思います。

私が渡米したのは、もうかれこれ6年前。
高校を卒業して、ピッツバーグという田舎町の大学へ行きました。
数えきれない位のカルチャーショックの中でも、私が一番衝撃を受けたのは、私は「マイノリティー」であることに気づいたときです。
そんなこと当たり前だと頭では分かっていても、実際、自身がマジョリティーの一員の日本から、違う国へ来て、自分はまず最初に「いちアジア人・マイノリティー」として認識されることに、大きな衝撃を受けました。

マイノリティーであるということは、思った以上に色々な煩いが伴います。
例えば、日本でレストランに行ったとき、ぞんざいに扱われると、「ここのサービスなってない!けしからん!」と憤慨できますよね。
しかしアメリカで、日本人同士、もしくはマイノリティーの人種だけでレストランに行ったとき、ぞんざいに扱われたり、良くない席に通されたりすると、「アジア人だからかな?」という、「人種」が不当に扱われた原因としていやでも可能性として浮かんできます。自分の思い過ごしにしても、人種が原因として浮上するのは、マイノリティーにとっては宿命的なことです。

コロンビア大学教授で、マイノリティーのカウンセリングの研究の先駆けでもあるデラレル・スー先生という方がいらっしゃいます。
彼によると、こういった「明らかに差別・偏見ではないけれど、そうともとれる微妙な言動」のことを、マイクロアグレッションと言います。
彼の実体験でもある例が以下です。

マイケル・スー(アジア人)先生と、もう一人アフリカン・アメリカンの教授が、アメリカ国内線の小さな飛行機に乗り込みました。彼らは早くから列に並んでいたので、一番乗り。彼らの座席はたまたま前方でした。そのあとの乗客はみな白人。
乗客全員が乗り込んだ後、白人の客室乗務員が、スーと彼の連れのところに来て、「この飛行機は小さくて、機体のバランスを取らなくてはいけないから、2人で後部座先に動いてくれないか?」と言いました。
スー先生は、なぜ自分と同じ列に座っている、後から乗り込んで来た乗客ではなく、わざわざ唯一有色人種の自分たちに席を移るように言うのか、少し疑問に思いながらも、席を移動しました。
その後、どうしても腑に落ちなかったスー先生は、着率直前に客室乗務員に、なぜ私たちに席を移動するように言ったのか?私たちがマイノリティーだからか?と聞きました。そうすると、その客室乗務員は大変憤慨し、「私をレイシストと言っているのか?ただ純粋に機体のバランスを取るために、純粋に座っていた位置からしてあなたたちが席を変わらなくてはいけなかっただけだ」と主張しました。

ここで、本当に人種差別が起こったのか起こってないのかは、誰にもわかりません。
スー先生が考えすぎだったのかもしれません。大いにあり得ます。もしくは、その客室乗務員は、本当にレイシストで、わざわざ彼らを指名したのかもしれません。または、その客室乗務員はほぼ無意識的に、自分では気づかないうちに、マイノリティーだからスー先生達を指名したのかもしれません。

明らかな差別の対象になるだけでなく、差別が本当に起こったか起こってないかという答えの出ない疑問にいつも直面せざるを得ないという意味で、マイノリティーは虐げられている、というのがスー先生の主張です。

様々な人種が入り混じるNYに住み始めると、こんなことを実感する機会は少ないですね。しかし、自分の人種をここまで意識し、考えるようになったのはアメリカ生活で得たかけがえの無い経験のひとつです。

今アメリカ国内で最も急速に増えている人種はヒスパニックで、近い将来、ヒスパニックの人口が白人の数を抜くと言われています。
この先、人種に関する様々な問題はまだまだ存在しますが、その形態はじきに変わってくるのかもしれませんね。


武田
2010-08-09
8/9/2010 九州もんの会
皆さん、こんにちは。
アクタスの奥村です。

先日「九州もんの会」に初めて参加しました。
九州にゆかりのある人であれば誰でも気軽に参加できる会で、それこそ、幼少期にを九州で過ごした、両親が九州出身だ、というだけでも大歓迎というオープンな会だそうです。ニューヨークには、「ばってん会」という1997年に発足した、会員数も多く有名な九州県人会があります。そことはまた別に、もっとこじんまりと気軽に集まっているのが九州もんの会のようです。

なぜでしょう。年齢も出身も違うのに、「九州」という繋がりだけでこんなにも早く馴染めるなんて。初参加でしたが到着してすぐに皆さんと打ち解けた気がします。初対面の人とのコミュニケーションで大切なのは、相手との共通の話題を探すことだとよく言いますよね。誰でもそうだと思いますが、自分の知っている事が話題になると楽しいはず。こういった会は、お互いの共通点をゼロから探る前に、共通の話題が最初から提供されているから、距離感が縮まるスピードが早いのでしょうか。仲間意識、身内意識でしょうか。それとも、何千年も日本人が培ってきた「村社会」の意識が残っているからでしょうか。何だか色々と考えてしまいましたが、九州という島からはるばるニューヨークに出てきて頑張っている人々と出会い、そしてその出会いが、お互いの支えや助けになるって素敵だと思います。インターネットがあれば人と会話をしなくても生きていけて、「個性」「個人」という言葉がもてはやされている現代ですが、昔からある村意識や助け合いの精神は忘れてはいけないと思いますし、それに飢えているからこそ、こういった会が発足したり、日本では、山村留学が流行ったり、最近本屋さんで見た、村の生活を描いた小説が売れたてたりするのではないでしょうか。

九州もんの中には、自分の故郷を熱く語る人もいました。私もそんな風に熱く語り、そして地元に恩返しができるように何かをしたいと思わせてくれる機会でもありました。充実した一夜だったと思います。最後まで不思議だったのは、なぜか最後まで全員標準語だったところです(笑)

話は変わりますが、何気なくインターネットで九州と検索すると、出身地域別女性・男性の性格という面白いものが見つかりました。本当かどうかはさておき、福岡の男性には、酒、祭り、おしゃべりが大好きな目立ちたがりで、楽天的な人が多いそうです。うちの父にぴったり当てはまる気が。。。

皆さんも同郷の人たちとの繋がりを大切に!

アクタス
奥村真知子
2010-08-03
8/3/10 Yesterday
私は夢はよく見るほうで-という表現は間違っていますね。誰でも眠れば夢を見るはずなのですから。見た夢を覚えているか、どうか、で夢をよく見るとか見ないとか、ということになるのでしょう、きっと。ねずみだって夢を見るらしいです。迷路の実験をした後に眠ったねずみの脳の活動を観察してみると、迷路で体験したことをおさらいしていることがわかるのだそうです。人間でもねずみでも脳内活動は電気(?電磁?電波?)ですから、電気の活動を測定することによってどんな夢を見ているかがわかるということらしいです。う~ん。私の壊れ始めた脳ではよく理解はできないものの、そういうことだったら、映画「マイノリティー・レポート」の世界もまんざらSFの世界のお話ではないのかもしれません。

毎度のごとくウィキペディアによると、

夢とは睡眠中に起こる、知覚現象を通して現実ではない仮想的な体験を体感する現象をさす。
睡眠時は本来ならば何も感じていないと考えられる大脳が覚醒時と同様な活動状態を示す脳波になる。時にはその活動に刺激されて反射運動がみられる場合がある。この反射運動には、寝ている状態で手足を動かす、声を発する(つまりは寝言)などある。寝言の中には歌を歌いだすという報告もある。
反射行動の中には日常生活では見られない行動、奇異であり不思議な行動が見受けられる。フロイトの報告によれば、普段聞きなれているのだが、発音できなかった(もしくは上手でない)外国語を突然、流暢に喋りだすという事例がある。また、睡眠中に突然起き上がり歩き回るが覚醒時にはその記憶が残っていないなど、その行動が顕著な場合に夢遊病と呼ぶことがある
   ((中略))
夢を見る理由については現在のところ不明である。 夢の存在意義を定めようとする説はさまざまあるが主に
*無意味な情報を捨て去る際に知覚される現象
*必要な情報を忘れないようにする活動の際に知覚される現象
の二つが有力である。。。。。

というわけで、私はよく夢を見るほうだと思います。かなり現実的な状況なこともあって、この間もオフィスで電話である人に無理難題を押し付けられて困りきっている夢を見ました。あはは。ネットフリックスみたいに見たい夢を選ぶことができたら楽しそうですよね。見たいと思っている夢ってなかなか見られないものではないでしょうか。私はそうです。私には昭おじちゃんという伯父がおりました。母の一番下の弟で、母とも8歳も年齢が違い、私とは16歳しか年齢が違わなかったので、小さな頃から私にとっては憧れの先輩のような存在で、大好きで大好きで仕方ありませんでした。その伯父は20年も前に39歳の若さで他界し、私の前からいなくなってしまいました。野球とお酒をこよなく愛し、ビートルズが大好きで、素敵な絵を描く人でした。私にとって、この伯父をなくしたことが、これまでの人生で一番悲しかったことのように思います。いまでも伯父の元気な声が耳に聞こえてくるように思いますし、顔もしぐさもあせることなく鮮明に覚えています。お葬式のことも忘れることができません。その伯父の夢を私はこの20年で1度しか見たことがありません。あんなに仲良しだったのに、死んじゃったら冷たいものです。夢にくらい出てきてくれてもいいのに、と思うものなのですが。

この週末、ぼぉーっとテレビを見ながらチャンネルホッピングをしていたら、PBSでPaul McCartneyがLibrary of Congress Gershwin Prize for Popular Songsを受賞した際のホワイトハウスでのトリビュートコンサートに遭遇。色々な人たちが呼ばれてポールの歌を披露(個人的にはエルビス・コステロが一番良かったように思います)。最後にポール自身も数曲歌い、コンサートの〆はHey Judeでした。Na~~~na~na~ nananana~~~ Nanana~na~ Hey Jude~~~ という有名なサビの部分はポールが観客全員を巻き込んでの合唱となりみんなが笑顔でコンサートが終了。私はこの歌を聴きながら上述の昭おじちゃんを思い出し、久しぶりに泣けてしまいました。昭おじちゃん夫婦に最初の赤ちゃんが生まれ、7月に生まれたのでジュライという名前をつけ、生まれてからもジュライ君を溺愛した伯父でした。Hey Judeという曲は、あまりにも有名なので私が解説をする必要もありませんが、ポールがジョン・レノンの息子ジュリアン君のために作った曲です。がんばれ!っていうメッセージが山盛りの歌ですね。ある日、伯父一家が家に遊びに来た日曜の午後、私が持っていたビートルズのアルバムを伯父が見つけ、テープに録って欲しいと言うので(レコード、テープレコーダー、そんな時代でした。)、レコードをかけることになり、Hey Judeのこのサビの部分では我が家の居間も大盛り上がり。伯父は当然Judeの部分をジュライ~~~と叫んでいました。もう何十年も前のことなのですが、夢にも出てきてくれない伯父のことをあまりにも鮮明に思い出してしまい、泣けてしまったのでした。

夢、と言えば、Yesterdayという曲はポール・マッカートニーが夢の中で耳にしたTuneなのだそうです。目が覚めた時にこのTuneがずっと頭に残っていて、どこかで聴いたことがある曲なのではないかとまわりに聞いて回ったそうなのですが、誰も聞いたことがない、というので、僕の作曲としちゃうことにしたんだ、とおちゃめに語っていました。これは本当の話のようです。天才は寝ていても天才の能力を発揮するものなのでしょう。Yesterday… All my troubles seems so far away…… Now it looks as though they’re here to stay… Oh, I believe in yesterday…

((大矢))