ニュースレター

2018-08-22
Newsletter August 2018: 在米日系企業の「働き方改革」の必要性について
私は米国を拠点としているものの、1年のうち数回ほど日本に滞在しています。その際に多くの人事部門の責任者の方々とお話しする機会があるのですが、現在、各社とも、日本政府が主導して行なっている「働き方改革」の対応に追われている状況です。その「働き方改革」とは、「一億総活躍社会」を目指すために、①長時間労働を解消し、②雇用形態にかかわらない公正な待遇を確保し、③柔軟な働き方がしやすい環境を整備していくことです。これらについては、概ね米国企業のほうがかなり進んでいるのですが、果たして在米日系企業での「働き方」はどのような状況なのでしょうか?

まずは長時間労働についてですが、現地従業員に対しては、時間外勤務を要請しすぎると、不満をもたれて他企業に転職されるおそれがありますし、また、時間外手当が人件費を押し上げることにもなるため、長時間労働は会社全体として控える在米日系企業が多いです。

その一方で、日本からの駐在員に関しては、引き続き長時間労働を強いられる状況が見受けられます。日本本社が「働き方改革」によって、夕方以降の時間外勤務を控える傾向が強くなっており、そのため日本本社と在米日系企業の駐在員による会議が、日本時間の朝、米国時間の夕刻に行われる形となり、特に東海岸の日系企業の駐在員にとっては長時間労働が解消されづらい状況となっています。このような状況をいかに克服していくべきかが、在米日系企業にとっての「働き方改革」の1つとなります。

次に報酬についてですが、在米日系企業が米国で人を採用しようとする場合、エントリーレベルのスタッフ、シニア・スタッフ、スーパーバイザークラス(主としてノン・エグゼンプト)までは、同地域・同業種・同規模の米国企業のポジションと十分に競争できる報酬を提供できていることが多いのですが、マネージャー、シニアマネージャー、ディレクターなど管理職クラスになると競合相手のポジションよりも低い報酬総額になることが多く、さらに執行役員クラスになると、競合する米国企業の報酬総額が高すぎて、そのような報酬パッケージを提供できずに、ポジションにふさわしい優秀な人材が採用できないという状況が見受けられます。

これは、在米日系企業が、日本本社の報酬体系との整合性を図る必要があることが主たる要因になっています。日本本社では今も「年功」や「職能」を重視した報酬体系がとられていることが多く、職責レベルが低いポジションであっても勤続年数が増えていけば給与が上がる一方、米国企業は「職務」をベースとした報酬体系のため、職責レベルが低ければ、勤続年数が増えても報酬がさほど上がらない形になっています。逆に、職責レベルが高い管理職や執行役員クラスでは、基本給ばかりでなくインセンティブ(特に長期インセンティブ)の金額で大きな差が出てしまい、日本本社としては、そのような報酬は提供できないというのが実態かと思います。いずれにしても、在米日系企業としては、優秀な現地従業員を採用して定着させるためにはどのような報酬パッケージを提供しなければならないかを真剣に検討することが、「働き方改革」の1つとなります。

最後に挙げたい在米日系企業の「働き方改革」は、日本企業が長年培ってきた優れたプラクティスを持ち込み、それを浸透させることです。在米日系企業も、米国企業と同じく、基本的には職務主義の人事制度をとっており、各職務のジョブ・ディスクリプションに基づき、従業員に対してそれぞれの職責を全うするよう要求しています。それにより、各職務に関しては掘り下げて仕事をするカルチャーが醸成されている一方、同一部門の他のポジションの仕事についてはほとんどわからず、お客様からそうした他のポジションの仕事に関する問い合わせが来ても、実際のところ答えられないという状況に陥ります。

その一方で日本本社では、仮に同じ部門の他の従業員が休んでいても、普段から部門内においてチームで仕事をしている場合が多く、他人の業務であっても、ある程度は答えられるようなバックアップシステムができている場合が多いのです。これはカスタマーサービスの観点からも非常に重要であり、在米日系企業においても、組織内におけるチームワークの醸成と、他の従業員に対するバックアップシステムの強化が、今後の「働き方改革」の1つになると思われます。

中尾 和伸
中尾国際人事コンサルティング
オーナー/国際人事コンサルタント

【略歴と連絡先】
関西学院大学社会学部卒業後、関西経営者協会(現・関西経済連合会)勤務を経て、ピッツバーグ大学経営大学院にてMBA取得(戦略企画、 組織・人的資源管理専攻)。数社のコンサルティング会社等を経てデロイト・トウシュ・トーマツ入社。東京、ニューヨークにて人事コンサルティング・ マネージャーを務めた後、2004年に独立。以来、ニューヨーク地区を拠点に全米の日系企業および日本本社に対して組織・等級・報酬・評価・人材開発を中心とする人事制度ならびにグローバル人事制度の構築・導入等の人事コンサルティングを提供している。
◎連絡先: 201-947-3651
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