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Alice in Vanderland
映画『不思議の国のアリス』(“Alice in Wonderland”)が2010年3月に公開予定だそうです。製作総指揮はティム・バートン、キャストにはジョニー・デップ、音楽にダニー・エルフマンが(当然のように)名を連ねています。
配給元はディズニーですが、『アリス』にこのようなスタッフを配置するとは、いやはやなんとも直球ど真ん中勝負なキャスティングというのが第一印象です。

皆さんご存知のとおり、『不思議の国のアリス』は元々小説として世の中に発表されました。時は19世紀半ば、ルイス・キャロルというイギリス人が作者です。
19世紀のイギリスはヴィクトリア女王統治下の元、産業革命が成熟した結果、政治、経済、文化というあらゆる側面でイギリスという国が歴史上で最も円熟した時期と言われています。

と同時に、ヴィクトリア朝は決して昔ながらのロマン溢れる古臭い時代では決して無く、むしろ20世紀や現代の私達の生活に繋がるような部分の礎が産み出された時代でもあるのが大変興味深いところです。
植民地経営を軸とする帝国主義という概念はこの頃により具体的に発達し、20世紀の世界大戦時代に繋がっていきますし、この流れに付随するように「オリエンタリズム」という視点が誕生。20世紀(或いは現在でも)に至るまで、欧米におけるアジア地域のイメージを良くも悪くも確立するに事となります。又、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』は後の優生学に発展し、帝国主義のみならずナチズムにも繋がっていきました。
その他にも、第一回万国博覧会が行われ、大きな建物に多数の品物を陳列する「百貨店」が発明され、一般市民が自身の健康に関心を持ち、体操や海水浴が奨励され、フェミニズム運動が組織的且つ体系的に確立されるのももこの時代です。例を挙げればキリがありません。

そのような時代の中で生まれた『不思議の国のアリス』もまた、出版から現在までの140年の間に多くの人に愛され続け、そして多くの作品に大きな影響を及ぼしています。
ちょっと今思いついただけでも、影響を受けているものとしてはジェイムズ・ジョイスの作品から『となりのトトロ』、『MATRIX』が浮かび上がります。きちんと調べたらより沢山の作品名が出てくる事でしょう。

そういえば19世紀に発達した文化の一つとして忘れてはいけないものがあります。それは「カメラ」。
カメラ自体の発明は19世紀よりも前ですが、現代的な手法を用い一般庶民までカメラで写真を撮る事が普及したのはこの時代になってからでした。
そしてルイス・キャロルもこの新しい表現方法に没頭した1人です。(蛇足ですが、彼の撮影した写真の半分以上が少女の裸体写真であるのは有名です。彼は小児性愛者だったという説もあります。)

映像の表現は『アリス』から現在の140年の間に写真(Pictures)から映画(Motion Pictures)に移行し、そして又最新技術が用いられた映像として蘇る事になります。鑑賞後も私達は原作に戻る事により時空を超えて何度も行き来する事が出来るのですね。
現代人の数少ない利点だと思うのは私だけでしょうか。

尤も、製作者はティム・バートン。甘美なだけの子供向け作品となる事はおそらくないでしょう。なにしろみんなのヒーロー・バットマンの映画化作品を、皆の期待を完全に裏切るようなノワールでダークな形で発表した、恐るべき勇気を持った人物です。美しい映像の中に猛毒が盛られている、そんな作品を期待しています。そして『不思議の国のアリス』という風変わりな物語は、そのような解釈を受け入れるだけの度量を持っているはずです。

雨と雪にまみれたボストンから 今週担当の木村でした。