ニュースレター

2012-01-01
Newsletter 2012年1月号 労務紛争での仲裁活用のメリットと留意点
ニューヨークでは、昨今、残業代不払い、不当差別を始めとする雇用・労働法関連訴訟が非常に目立ちます。労働問題における“Plaintiff Lawyer(原告側弁護士)”による、企業に対する雇用・労働法違反の責任追及が一層活発化しているのです。

このような状況下、近時、少なからぬ企業が、従業員との間での労働紛争について「仲裁合意」を取り交わしておく、という実務を取り入れています。仲裁合意を交わしておけば、労務紛争が発生した際、裁判所における訴訟ではなく、仲裁機関等における仲裁で解決することになります。

企業にとって、労務紛争における仲裁活用には次の3つのメリットを挙げることができます。

① ディスカバリの負担軽減
ディスカバリとは、訴訟における「証拠開示」制度です。日本の民事訴訟では、相手方当事者の手持ち証拠を強制的に証拠として入手したり、提出させたりすることは相当な困難を伴うのが現実なのですが、米国では、ディスカバリによって、訴訟の争点と関連可能性のある証拠は、弁護士依頼者秘匿特権等の例外に該当しない限り、原則として相手方に開示しなければなりません。Emailをはじめとする膨大な量の関連証拠を保全し、秘匿できる例外に該当するかを弁護士が確認し、そして相手に開示する、関連証人の証言録取(デポジション)を行う、といったディスカバリの作業は、真実に迫る証拠収集を可能としている一方で、膨大な時間とコストを要することが少なくなく、米国でも大きな問題となっています。
 
このようなディスカバリ制度が存在する米国訴訟を念頭に置くと、企業としては、社内のEmailのやりとりなど不利な手持ち証拠がある場合はもちろん、そのような証拠がない場合でも、ディスカバリにおける膨大な時間と費用の負担はできる限り避けたいのは当然です。
 この点、仲裁では、当事者の合意によって、ディスカバリの負担を相当程度軽減可能なため、仲裁手続の方が望ましいと考える企業が増えているのです。特に労務紛争においては、一般に関連する手持ち証拠は労働者側より企業側に多いこと、企業側の立証責任が重いこと等の事情もあって、仲裁によってディスカバリの負担を軽減する意義は、企業側にとって小さくないでしょう。

② 陪審審理の回避
また、米国訴訟では、民事でも陪審による審理がありますので、訴訟がトライアル(法廷での本審理)にまで進行すると、陪審による判断を受けるということを想定しなければなりません。この点、一般的に言って、陪審は、特に大企業に対し厳しい判断を下す可能性が少なくないため、企業側としては、陪審による不合理な判断は可能な限り排除する必要がありますし、原告となる従業員側は、まず間違いなく陪審審理を要求するわけです。米国訴訟の多くは、実際にトライアルまで行かずに和解により決着するわけですが、その要因の1つとして、トライアルでの陪審判断のリスクを避けるため、少々不利な内容の和解であっても受け容れざるを得ない、という判断をすることもあります。
 
この点、仲裁には陪審は関与しませんので、このような陪審判断のリスクにおびえる心配はないわけです。

③ クラスアクションの回避
これらに加えて労務紛争において仲裁の活用が好まれる理由としては、クラスアクションすなわち集団的な訴訟へと展開していくリスクを排除できる可能性がある、という点です。
 
すなわち、残業代の不払いや不当差別等の労務紛争は、単なる1従業員対企業という構図を超えて、似たような立場にある従業員らからも、同様の請求を惹き起こしやすいという点で、集団訴訟・クラスアクションのリスクが小さくありません。現に、原告側が提出する訴状では、クラス(共通点を持つ一定範囲の人々)の成立を主張し、集団訴訟への展開を主張しているケースが非常に多いのです。クラスの成立が認められれば、実際に訴訟に参加していない原告の分まで訴訟が展開されるため、企業の賠償額も必然的に大きな額となりやすいという傾向があります。
 
この点、米国連邦最高裁判所は、2011年4月27日、企業が消費者との間で、仲裁合意におけるクラスアクションを放棄する定めは有効である、との判断を下しました(AT&T Mobility LLC v. Vincent Concepcion et ux. 事件)。多くの米国企業・弁護士は、この連邦最高裁判決を踏まえて、仲裁におけるクラスアクション放棄が労務紛争においても有効であることを期待し、従業員との間で、労務関係について紛争が生じた場合には訴訟ではなく仲裁によって解決する仲裁合意を予め締結し、しかも、その仲裁手続におけるクラスアクションの放棄も規定するようになりました。

ところが、実はこの③の理由については、本当にそのように言えるのかが実はまだはっきりしていません。上述の最高裁の事案は労務紛争ではなかったのですが、ニューヨーク州の労務紛争における裁判所の結論は有効・無効に分かれています(裁判例についてはMoses & Singer Japan Practice Blogの記事を参照:http://www.msjapanpractice.com/2012/09/29/555/)。

また、行政当局である全国労働関係局(National Labor Relations Board)は、2012年1月、従業員が仲裁ないし訴訟においてその集団的権利を行使するのを禁止することになる仲裁合意におけるクラスアクションの放棄は違法であるとの考え方を示しました。
 したがって、企業が従業員との間での仲裁合意においてクラスアクション放棄に関する文言を含めたいという場合には、これら裁判例の内容や当局の見解に反しないような文言にすること等を慎重に検討すべき状況です。

Kimberly Klein・結城大輔

記事提供:Moses & Singer LLP