2013-05-01
現代のビジネスにおいて、営業秘密などの戦略的なビジネス情報の保護は、企業の競争力を大きく左右する要素といえます。人材の流動化が当たり前とされるアメリカにおいては、会社の製品やその製法、ノウハウや顧客情報等を知っている従業員が、ライバル会社に転職したり、自ら競合関係にある新しいビジネスを立ち上げることが頻繁に起こります。
労働統計局(The U.S. Bureau of Labor Statistics)1の調べによると、米国人労働者は、一生のキャリアで平均11回以上は転職 しているという統計が出ています。このような環境下においては、会社の重要な秘密情報が、元従業員によって故意・悪意、或いは過失の有無に関わらず外部にリークされる可能性は高く、会社の情報資産を守るためには適切な対応を設定することが重要です。
従業員との間に有効な競業避止契約や営業秘密契約が締結されていない場合、従業員が退職する前に知り得た会社のビジネス・顧客情報の利用を止めさせるのが困難になることがあります。アメリカにおいては、競業避止契約等の必要最小限度の制限を活用できなければ、戦略的なビジネス情報の取得を目的とした元従業員の引抜き等が、ライバル会社の標的とされる可能性があるのです。
また、現代のビジネスの「情報戦」を裏付けるかのように、アメリカでは、競業避止契約違反や、営業秘密の不正開示・取得、取引関係の妨害をめぐる訴訟が増加しています。これらの訴訟では、①特定のビジネス情報やノウハウが営業秘密として法律により保護されるか否か、②従業員と締結した競業避止契約は法的に強制力が認められるか否かが問題となっています。会社が保有する営業秘密を保護するには、裁判所が保護を認める内容を判断する知識も求められることになります。
<<営業秘密として保護される情報>>
特定の情報を営業秘密として保護するには、どのような要件を満たすべきなのでしょうか?統一営業秘密法(Uniform Trade Secrets Act: USTA)2の定義によると、「営業秘密は、製法、雛形、編集物、プログラム、装置、方法、技法、または工程に関する情報であって、(i)開示や使用によって経済的価値を得ることができる他の者に、一般的に知られていない情報であり、かつ適法な手段によって容易に入手できるものではないことから、現実的または潜在的に独立した経済的価値をもたらすもの、(ii)その秘密性を維持するための合理的な努力の対象となるもの」とされています。秘密情報として保護する・しないの判断においては、裁判所は特に、会社が一定の状況下において合理的な努力を払って当該情報を管理していたかを重視する傾向があります。
裁判所は、合理的な努力とは何であるかを明確にするガイドラインは設けていませんが、競業避止契約や営業秘密契約の締結によって、営業秘密の存在を従業員に認識させるという会社の努力を示すことができます。逆に、競業避止契約や営業秘密契約等が慣行として定着する業界において、これらの契約が締結されていない場合は、当該情報を秘密情報として会社が管理してはいない、と判断されることが考えられます。
<<強制力のある競業避止契約>>
競業避止契約は、従業員が退職後に競業に従事することから生じる損失・被害に対して、競業行為の差止や損害賠償請求といった救済を得る目的のために締結される契約です。雇用契約終了後の競業を禁止する契約は、会社の営業秘密流失を防ぐためには有効な手段となります。しかし一方で、「職業選択の自由」や「営業の自由」との兼ね合いから、競業避止契約は無効とされる場合もあります。競業避止契約が有効とされる目安となる基準は、①一定の制限を受ける従業員に対価が支払われていること(適切な約因の存在)、②保護すべき会社の正当な利益が存在すること、③当該競業避止契約による制限が会社の正当利益を保護するために必要な合理的範囲であること、④従業員に不当な困難を課すものではないこと、とされています。
会社にとっての正当利益(上記②)とは、一般的に、営業秘密の保護、顧客情報やグッドウィルの保護、特別な技能を有する従業員が競合他社に就職することによる不利益を防ぐ等3が挙げられます。また、合理的な範囲(上記③)とは、たとえば競業が制限される期間や地域を限定4することを指します。有効な競業避止契約を結ぶには、制限の内容を、会社の正当利益を保護するに十分な範囲に限定し、同時に公序良俗違反となったり、従業員の受ける不利益が大きくなるような内容を避けなければなりません5。
競業避止契約を巡る裁判では、当該契約の有効性を立証する責任は会社にあります。従業員ひとりひとりに、異なる競業避止契約を作成することは現実的ではありません。しかし、漫然と同じ内容の雛形を使い回したのでは、その有効性が否定される可能性もあり、これでは締結した意味がなくなります。競業避止契約は、文言や表現に注意しながら、保護する利益や職種によって幾つかの雛形を予め用意しておき、必要に応じて内容をカスタマイズしていくことが実践的な対策となります。
脚注:
1)U.S. Bureau of Labor Statistics; 2010 – 2011 Survey Round, National Longitudinal Survey of Youth 1979 (http://www.bls.gov/nls/nlsy79r23jobsbyedu.pdf; http://www.bls.gov/news.release/pdf/nlsoy.pdf (last accessed, 2)April 16, 2013)
2)多くの州がUSTA定義に依拠する中、ニューヨーク州はUSTAの定義を採用せず、不法行為法リステイトメント(第1版)の定義を使用している。
3)See, eg., BDO Seidman, supra; Scott, Stackrow & Co., C.P.A's, P.C. v. Skavina, 9 AD3d 805 (3d Dept 2004)
4)Karlin v. Weinberg, 77 N.J. 408, 390 A. 2d 1161 (1978); Coskey’s Television & Radio Sales and Service, Inc. v. Foti, 253 N.J. Super. 626, 634 (App. Div. 1992).See BDO Seidman v. Hirshberg, 93 N.Y.2d 382, 389, 391 (1999)
※この記事の内容は、Moses & Singer LLPのオブ・カウンセル内藤博久弁護士が本ニュースレター用にアップデートしたものです。
記事提供:Moses & Singer LLPは、90年以上の実績を有するニューヨークのローファームです。雇用・労働問題をはじめとする各種企業法務、契約、紛争対応等、日系企業のご相談に幅広く対応しています。
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