2015-12-15
2015年10月、NY州のクオモ州知事は、雇用における女性の平等の保護・促進のための複数の法律(Women’s Equality Agenda)(2016年1月19日施行予定)に署名しました。これらの法律は、男女の賃金平等規定の詳細化・強化、familial status(妊娠中・子育て中・親等の介護中などの状態)に基づく雇用差別の禁止、職場におけるセクシャル・ハラスメントの禁止の強化等に加え、妊娠している従業員に対するreasonable accommodation(合理的な便宜)の提供義務を定めています。
これに先立ち、2014年1月には、NY市においても妊娠している従業員の権利に関する法律が施行されるなど、州・市レベルで妊婦等の雇用上の権利強化の動きが進んでいます。また、連邦機関であるEqual Employment Opportunity Commission(雇用機会均等委員会。EEOC)も、2014年に妊娠差別に関するガイダンス(指針)を発表(2015年に一部改正)するなど、連邦法に関しても妊娠等差別の禁止に関するルールの詳細化が進んでいます。
1. 連邦法とEEOCの妊娠差別に関する施行ガイダンス
連邦法では、まず、Title VII of the Civil Rights Act of 1964 (公民権法第7編。Title VII)及び同法の一部を改正したthe Pregnancy Discrimination Act of 1978(PDA)により、妊娠・出産またはこれらに関連する健康状態に基づく雇用上の差別が、性に基づく雇用差別の一類型として禁止されています(同法の適用対象は従業員15名以上の使用者)。妊娠・出産または関連する健康状態の影響により一時的に業務遂行が困難になっている女性(従業員・応募者の双方を含む)は、妊娠等以外の原因により同様に一時的に業務遂行が困難になっている従業員と、同様・平等に扱う必要があります。例えば、怪我により一時的に業務ができない従業員と妊娠により一時的に業務ができない従業員との間で、待遇や配慮の内容を差別することは禁止されています。
これに加え、妊娠による体調悪化(例:妊娠に伴う糖尿病・けいれん・高血圧等)は、連邦法Americans with Disabilities Act (アメリカ人障がい者法。ADA。適用対象は従業員15名以上の使用者)におけるdisabilityにも該当するとされています。すなわち、妊娠により健康状態を損なっている従業員は、使用者に対し、ADAに基づきreasonable accommodationを求めることができ、使用者は、便宜提供にあたりundue hardship(過度な困難。会社の規模や便宜に要するコスト、業務内容等に基づき判断される)がない限りはこれを拒否できません。
これらの法の実施機関であるEEOCや州・市の雇用均等委員会等に対する妊娠差別の告発件数は増加しており、1997会計年度には3900件だった申立が、2013会計年度には5342件となっています(EEOCのみでも2013会計年度は3541件、2014年度は3400件)。
EEOCは、 2014年に妊娠差別及び関連する問題についての執行ガイダンス(指針)Enforcement Guidance: Pregnancy Discrimination and Related Issuesを発表しており(その後、連邦最高裁のYoung v. United Parcel Service Inc. 判決を受け、2015年6月に一部改定)、PDAの下では、現在・過去・将来の(potential or intended)妊娠に基づく差別や妊娠・出産に関連する健康状態に基づく差別が幅広く禁止されていると説明しています。
また、同ガイダンスは、妊娠差別であると判断され得るケース(あるいは妊娠差別の一証拠となり得る行為)として、妊婦や胎児の健康に悪影響があり得る(例:鉛を扱う業務等)というだけの理由で、妊娠している従業員を一定の業務から排除すること、妊娠しようと考えているか面接等で質問すること、傷病休暇制度を他の理由に基づく傷病の場合には利用させているのに、妊娠に関連する健康状態を理由とする場合には利用させないこと等、様々な実例を挙げています。
さらに、同ガイダンスは、妊娠差別の申立てを防ぐためのBest practicesとして以下のような内容を提示しています。
・ PDAやADAに即した社内規程の整備(違法な妊娠等差別になる言動のタイプの明記、複数の苦情申立て手続きの設定等)、管理職や従業員のトレーニング、苦情申立てがあった場合の速やかかつ徹底した調査の実施、報復措置の防止といった一般的な項目
・ 雇用・昇進等の場面における留意点(妊娠や子供の有無・家族計画等について質問しない、採用・昇進基準を明確化し、これを一貫して適用する、ポストが空いた場合には応募資格のある従業員全員に通知する、等)
・ 休暇に関する規定(休暇規定に関する制限が妊娠している従業員にのみ不均衡に適用されていないか、適用されているとして、かかる制限はビジネスの運営上必要なものか、等)
・ 雇用の条件(妊娠出産等による固定観念にとらわれず、実際の職務パフォーマンスに基づいてのみ業績評価や報酬決定をする、妊娠している従業員が、妊娠以外の理由によって同程度に業務遂行を妨げられている障がいのある従業員と同様に、light duty(軽微な業務)に従事できるようにする、等)
・ Reasonable Accommodation(妊娠に関連するdisabilityの場合にもreasonable accommodationを提供できるよう、社内ポリシーを見直す、妊娠に関連するdisabilityの場合にもreasonable accommodation提供義務があることを管理職社員等に周知する、disabilityの内容や必要なaccommodationの内容を確認するためのドキュメントとして、必要以上のものを従業員に求めない、等)
2. NY州の妊娠に関する雇用法
NY州においては、従前より、従業員4名以上の使用者については、性に基づく雇用上の差別(妊娠による雇用上の差別を含む)が法律により明示的に禁止されていましたが、2015年10月に成立したNY Bill A5360は、性差別のうちセクシャル・ハラスメントに関する訴えの場面についてのみ、法の適用対象を従業員3名以下の使用者にも拡張しました。Bill A5360のスポンサーメモによれば、NY州の民間の使用者のうち60%以上は従業員数が3名以下であり、今回の法改正による影響は大きいとみられます。
また、NY州法下において、障がいをもつ従業員に対するreasonable accommodation(合理的な便宜)の提供義務規定が妊娠している従業員にも適用されるか、とりわけ、特段の合併症を伴わない妊娠の場合にも適用されるかについては、従前は解釈に争いの余地がありましたが、今回成立したNY Bill A4272は、「妊娠に関連する状態にある」従業員に対してもreasonable accommodationの提供義務があることを明確化しました(適用対象は従業員4名以上の使用者)。
Reasonable accommodationとは、障がいを持つ従業員や妊娠に関連する状態にある従業員が、その職務に含まれる行動を合理的な方法で遂行できるようにするための配慮のことであり、accessibleな職場、必要な道具・機材の購入、業務スケジュールの変更・調整等が含まれます。Bill A 4272 のスポンサーメモでは、具体例として、座るための椅子、トイレ休暇の追加、有害業務以外への異動、重量物を扱う作業の一時免除、出産からの回復に必要な合理的な期間の休暇等が挙げられています。
もっとも、使用者側にundue hardship(過度な困難)が生じる場合は、使用者はreasonable accommodationの提供を拒否でき、また、便宜を求める従業員側にも、使用者に身体の状態等に関する情報を提供し、使用者が便宜の内容の検討するにあたって協力する義務が定められています。
なお、NY州では、合理的な方法で業務を遂行することができない場合を除き、妊娠している従業員に対し休暇を取るよう強制することも、妊娠差別として禁止されている 点にも留意が必要です(NY Exec Law, Section 296 (1) (g))。
3. NY市の妊娠に関する雇用法
NY市においては、2013年10月にNYC Pregnant Workers Fairness Act (NYC PWFA)が成立し、2014年1月30日から施行されています。
NYC PWFAは、他のNY市の雇用差別禁止法と同様、従業員4名以上の使用者に適用されます(同法の適用に関してはindependent contractor(独立請負人)も従業員数としてカウントされる可能性があることに留意が必要です)。
同法の下では、従業員のpregnancy, childbirth, or a related medical condition(妊娠、出産及びこれに関連する健康状態)を使用者が知っているか知り得た場合に、従業員がこれらを理由にreasonable accommodation(合理的な便宜)の提供を求めたにもかかわらず、使用者がその提供を拒否する行為は違法な差別行為に当たります。Pregnancy, childbirth, or a related medical conditionに対するreasonable accommodationの例としては、トイレ休憩、出産に起因する障がい・就業不能の期間中の休暇、水摂取の増加に対応するための休憩、長時間の立ち仕事の者に対する一定時間ごとの休憩、肉体労働への補助等が挙げられています。
もっとも、NYC PWFAの下でも、連邦のADA/PDAやNY州法同様、reasonable accommodationが使用者の事業運営にundue hardshipをもたらす場合には、使用者は便宜提供を拒否できます。Undue hardshipの判断にあたっては、便宜の内容やコスト、便宜提供を求められた施設や使用者企業全体の財政状況や従業員数、事業内容等が考慮されます。また、使用者は、便宜提供をしたとしても当該従業員が業務の必須要素をこなせないであろうことを抗弁として主張することもできます。
4. 以上のとおり、妊娠した従業員に対するreasonable accommodationの提供義務を含め、妊娠等差別に関する法律や指針は、連邦、NY州、NY市のいずれにおいても強化・詳細化されており、また、reasonable accommodationに関する類似の法律はCA、CT、IL、MD、NJ等の多くの州やワシントンDCにも存在しています。さらに、上述の法律以外にも、Family Medical Leave Act(家族医療休暇法。FMLA)やparental status, familial statusに基づく差別の禁止等、妊娠・出産・子育てに関連する雇用関連法は様々です。
EEOCのガイダンスや該当する州・市の法律を踏まえ、妊娠している従業員等に関する皆様のオフィスの規定やルールを見直されることをお勧めします。
(注)本記事は一般的な情報提供のみを目的としており、リーガルアドバイスを構成する目的で提供されるものではないことにご留意ください。
森・濱田松本法律事務所 アソシエイト弁護士
(Admitted in Japan and New York)
Mariko Morita Yanagida