ニュースレター

2020-06-24
奪われたものは取り戻す
人との絆や信頼
新しい進路
夢や希望
大切な仲間との時間
当たり前と思っていた日常生活

……….

これらは新型コロナウィルスが私達から奪った、命以外のもののほんの一例です。例を挙げればキリがありませんし、全て取り戻す必要がありますが、特にHRの観点から取りあげるべきと考える内容について解説させて頂きます。


人との絆や信頼

報道されるもの、されないものを含め、様々な出来事がコロナ禍で生まれています。中にはこのような時期だからこその心温まるストーリーもあります。ですが、多くの悲しい出来事が日々起きており、私達の心に安らぎをあたえるストーリーを無情にも消し去ってしまいます。事実、各メディアで一面を飾るニュースのほとんどが悲しい内容ばかりで、未曽有の事態に対する言い知れぬストレスや不安が一因とも思える、残酷な事件も頻発しています。代表ともいえる例がミネアポリスで起こったジョージ・フロイドさんの暴行死事件です。改めてご説明する必要も無い程、各メディアに取り上げられており、皆さんも御覧になったり、耳にされたりしているはずです。そして、ただでさえ生きづらさを感じるこの世の中を、更に悲劇的にさせる人種差別のニュースは後を絶ちません。
人種差別は現代の日本で生活されてきた方にとってあまり馴染みのないものかもしれません。時を遡れば、江戸時代の身分制度には士農工商があり、士農工商の下に位置する身分の方は差別の対象でした。また、明治新政府が1871年に布告した解放令により、それらの身分の方も「新平民」とされたものの、形式上の取り決めであった為、その後も差別は残りました。
2020年現在もこの問題は存在し、「部落の出身だからと冷ややかな対応をされた。」という告白がNHKの番組でも特集されたそうです。同和問題とも呼ばれる日本社会全体で解決すべき内容なのですが、残念ながら、アメリカでの差別問題ほど、取り上げられることはありません。

アメリカではもちろんのこと、最近の日本でもDiversity(ダイバーシティ)という言葉が一般的に使われるようになってきました。日本語では多様性と訳されるこの言葉ですが、実際の定義よりも狭義に解釈されているように感じます。日本でのダイバーシティの例を調べてみると、女性の管理職への登用や活躍できる会社づくりについて、あるいは、障がい者の方が安心・安全に働ける職場づくりという例が多いことに気づきます。確かに、日本で勤務していく上で、人種や宗教の違いにも配慮をすべき場面はあまりないかもしれませんが、広義に解釈した場合には人それぞれの考え方や好みの違いなども含まれる為、同じような環境で育ってきたからといって、無条件に同じとは言えない要素もダイバーシティーの定義に含まれます。

ダイバーシティについて、様々な研究がなされている中で、L.GardenswartzとA.Rowe氏はダイバーシティを構成する4種について述べています。個人のダイバーシティを構成する一番外側の層をOrganizational Dimensionsとし、内側に向かって、External Dimensions, International Dimensions, Personalityと定義しています。各層に含まれる内容は以下の通りです。

Organizational Dimensions: 年功序列、勤務地、役職、職種、部署、グループなど
External Dimensions: 収入、宗教、教育、職歴、外見、個人的習慣、配偶者や子供の有無など
Internal Dimensions: 年齢、性別、性的指向、人種、民族、身体能力など
Personality: 特徴、好み、認識、行動傾向、認知や学習スタイルなど

法律で保護される対象はExternal DimensionsとInternal Dimensionsに特に集中しているように思いますが。各層のダイバーシティーを構成する要素をご覧頂くと、一つの要素で、ある人の全体像を判断することの難しさや、意味の無さをお分かりいただけると思います。例えば、年齢が一緒の従業員がいたとしても、背景にある文化や教育が違えば、様々な考え方にたどり着くのは当然のことです。全ての要素が全く同じ人は存在しません。

次にダイバーシティと共に大事な考えであるInclusion(インクルージョン)についてです。いかに多様性のある人材が揃っていたとしても、お互いのアイデアや思想が共有され、活躍できる場が提供されなければ、その効果は薄れてしまいます。情報が共有されやすい環境を作るには従業員に、「歓迎されている、尊重されている、信頼されている」と感じてもらうことが必要です。「3人寄れば文殊の知恵」という諺がありますが、意味は「平凡な人でも三人が協力すれば、よい知恵が出るものだ。」となっています。ですが、ダイバーシティとインクルージョンの観点から言えば、この世に平凡な人など誰一人おらず、全員が特別な存在ですので、より良い知恵が出てくるはずです。人数が増えれば増える程、社内での環境づくりがより重要となりますので、大変かもしれませんが、それに比例して、新しいアイデアが生まれる職場環境になるはずです。一般的に、従業員間の情報共有にはコミュニケーションが大事で、よく話し合うということが大事だと言われます。ですが、一人一人バックグラウンドも違えば、好み、認知や学習スタイルも違う訳なので、一口にコミュニケーションと言っても、直接的にとるのか、間接的にとるのか、はたまた電話で話すのか、違う方法で伝えるのかなどの検証も忘れないようにしたいところです。

SHRM(人材マネジメント協会)では、多様性のある職場が享受する利益として、創造性とイノベーションが生まれやすい効果を挙げています。アメリカでイノベーションが生まれやすいのは、企業での多様性の幅が広い事ももちろんですが、インクルージョンの実施が大きいと思います。先述しました通り、実はどこの国にも多様性はあるはずなのに、差が出てきます。出る杭は打たれると言われる日本。一方、アメリカではThe Squeaking wheel gets the grease(きしむ音をたてる車輪は潤滑油を貰える)と言われるように、発言することで、相手の関心を引いたり、助けを求めます。より高みを目指す為には、従業員間の多少の不協和音は厭わないどころか、歓迎と捉えるのがアメリカです。どちらが良い悪いではありませんが、様々なアイデアや戦略を社内でひねり出すという点では、より良い環境が整っているアメリカに強みがあると思います。改善が得意な日本と、改革を得意とするアメリカの差はこんなところから生まれるのかもしれません。何かを推進したり、続けようとしたりするときには、個人やチームの意志力よりも、実施・継続しやすい環境にあるかどうかの方がより重要だという研究結果があるそうです。アメリカの企業はこのような環境づくりが抜群に上手いと思いますし、皆様もアメリカでの生活を通して、感じておられると思います。

多様性を持った人材を活かす取り組みであるダイバーシティ。それぞれ異なる多様性を持った人材を尊重し、情報やアイデアが共有しやすい環境と活躍できる場を与えるインクルージョン。ダイバーシティとインクルージョンは良くandで繋がれて表現されますが、インクルージョンを徹底して行うことによって、企業のダイバーシティとなっていくことを考えると、インクルージョンの副産物がダイバーシティとも言えます。企業によってはDiversity & Inclusion Leader, Diversity & Inclusion Specialist, Director – Diversity & Inclusionなど、この分野に特化した役職を設けている企業もあり、いかに重要なコンセプトなのかということがわかります。
実は先週、6月15日(月)に様々な企業がダイバーシティとインクルージョンを推進する為の追い風となるニュースが飛び込んできました。それは、LGBTQを自認する方々が法的に保護される対象と認められたことです。最高裁判所で性的指向や性自認を理由にした解雇は、大方の予想を覆し、6対3の大差で違法との判決が下りました。この判決により雇用における差別やハラスメントを禁止した1964年公民権法第7編、通称「タイトルセブン」の対象に、LGBTQを自認する人々も含まれることになります。これまで、LGBTQの方々が一部の州で保護されることはありましたが、今後は州法で定められていなかった地域についても、連邦法で保護されることになります。凄まじく大きな一歩だと思います。Apple, Google, Facebookなどの大企業を含む多くの企業も、この最高裁判所の判決を支持しています。この判決はアメリカにとって、何よりもこれまで差別を受けていた方にとって間違いなく朗報です。


当たり前と思っていた日常生活

経済再開に伴い、地域によっては既に職場での勤務を開始している方も、これから開始する方もいらっしゃる方と思います。いずれにしても、皆様が不便な状況で勤務されていることは想像に難くありません。当たり前と思っていた日常生活はいともかんたんに崩れてしまいましたが、こうなってしまった以上、その生活を、少しスタイルが変わったとしても取り戻すしかありません。このような大変な状況下に、従業員が職場に戻ってきてくれること、働く意思を示してくれることも有難いことですが、その従業員を守る為に雇用主・HR担当者は、私自身への戒めも込めて一層、身を引き締めて対応にあたらなければならないと感じます。
「従業員の安全を守る為の備品の準備はできていますか?」
「社内での勤務ルールは定まっているでしょうか?」
「ヘルススクリーニングの運用方法は決まっていますか?」

全ての確認事項を列挙すると、大変な時間が掛かってしまいますので、割愛させて頂きますが、従業員を安全に職場復帰させるために押さえておくべき内容はたくさんあります。これまでの日常に、すぐには戻ることはできないかもしれませんが、雇用主・HRの方々のご準備で状況は大きく変わります。義務項目と推奨項目はどちらも企業として対応されるべきことではありますが、特に義務項目は法的な責任も伴いますので、今一度、ご確認されることをお勧めします。


従業員の「働きたい!!」をサポートする

「どうすれば従業員に安心して笑顔で働いてもらえるのだろうか?」
と考えることはないでしょうか。私自身もHRに携わる者として、これまでにも増して、色々と考える機会が多くなりました。従業員が何を求めているのか?従業員の要望は?と考えを巡らしてみるのですが、このように社会が混沌としており、不安が尽きない状況では、従業員の本能に則した取り組みを行うことがより合理的なのではないだろうかと考えました。危険をより濃く察知するときには、直観などの本能で行動するからです。「この会社で働きたい!!」と直感する対応はあるのかと考えた時に、心理学者マズローの『欲求5段階説』が思い浮かびました。ビジネスモデル考案にも利用される内容内容ですが、従業員の欲しい内容を理解することが出来ると思います。『欲求5段階説』は、

第1段階: 生理的欲求(生きる為に必要な最低限の環境を確保したい)
第2段階: 安全欲求 (危険を回避したい、安全な場所にいたい)
第3段階: 社会的欲求(企業や仲間に属したい)
第4段階: 尊厳欲求(上司、同僚から価値ある存在として認められたい)
第5段階: 自己実現欲求(理想の自分になりたい)

の5段階で構成され、低い階層の欲求が満たされていくと、更に高い階層の欲求を求めるようになります。
第1段階の生理的欲求を満たす為には、家賃や食費が必要です。その為に必要なのは給与。従業員に給与を支払う為には、まず、会社が存続する必要があります。先月のニュースレターでご紹介させて頂いたリスクマネジメントの内容は、業績悪化というリスク要因の分析を行うことができます。少しでもお役に立てれば幸いです。
第2段階の安全欲求を満たす為には、会社内でのコロナウィルス感染リスクを下げることが、重要です。安全欲求はコロナウィルスの被害のみを回避すれば、満たされる訳ではないかもしれませんが、従業員の方が最も懸念されているであろう、社内での感染や感染拡大の可能性を潰していくことで、企業への安心感に繋がるはずです。
第3段階と第4段階の社会的欲求と尊厳欲求は、ダイバーシティ& インクルージョンの環境作りを行うことが大きな効果を生むと考えます。職場に戻れば、在宅勤務時以上に他の従業員との有益な関わりが生まれます。差別を原因とした辛いニュースが毎日のように入っている世の中です。1日の大半を過ごす職場では、適切な仕組みづくりを行い、社会的欲求と尊厳欲求を満たすことで従業員のモチベーション向上に繋げていきます。
第5段階の自己実現欲求は第4段階までの欲求を満たしてからの話です。在宅勤務で思うようにモチベーションが上がらず、理想通りの仕事や生活ができていないという方も多くいらっしゃいます。心身共に健康な状態で職場に戻ってから、雇用主やHRとの関わりの中で実現していくものです。私自身、今回の騒動があるまでは、第1段階、第2段階の生理的欲求と安全欲求は当たり前に存在するものだと思っていました。自己実現欲求が求められる程、誰もが安心と安全を感じられる、日常生活が戻ることを切に念じております。

弊社では人事関連の各種トレーニング、ハンドブック・ポリシーの作成、また職場復帰の為のチェックリストのご提案などを通して、従業員の方が職場に戻る為のサポートを行っております。「この企業で勤務し続けたい!」と従業員に心から感じさせる準備は既にお済みでしょうか?



Akihiro Yamada(山田明宏), MBA, SHRM-SCP
Midwest / South Regional Sales Manager
Actus Consulting Group, Inc.