ニュースレター

2019-10-23
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この数字は米国のいずれの雇用主も今後の動向を注目すべきある人事関連法の現状を示すものです。さて、どんな法律でしょう?









正解は「セクシャルハラスメント防止トレーニング法」、つまり雇用主に従業員に対するセクシャルハラスメント防止トレーニングの実施を義務付ける法律を施行している州の数です。

「たったの5州?」と思われるかもしれませんね。そうです、現在のところたったの5州です。ですが、州政府職員へのトレーニングを義務付ける州は多数あり、また、コロラド州、マサチューセッツ州、オハイオ州、ハワイ州、バーモント州、ウィスコンシン州はトレーニングの実施を強く奨励する旨を明確にしていますし、メリーランド州はトレーニングを雇用主に義務化していないものの、セクシャルハラスメント訴訟における判定には従業員にトレーニングを実施していたかどうかが考慮されるとしています。

その他の州も基本的にはトレーニングを奨励する姿勢を示しています。Me Tooムーブメントの社会に及ぼした影響に追い風を受けて、ニューヨーク州は2018年にいち早く人権法等の改定により、職場におけるあらゆるセクシャルハラスメントを取り締まりを法定化、州内全雇用主に対する年に1度の全従業員へのトレーニング実施が義務化されました。また、今年に入り再度人権法が改定されセクシャルハラスメントの法的な認識の幅が広がるなど、ニューヨーク州は全米で最も厳しい基準でセクシャルハラスメントに取り組んでいます。

そして、この8月、ニューヨーク州と同じ厳格な基準でセクシャルハラスメントに取り組むことになった州が生まれました。イリノイ州です。イリノイ州は既に州政府の職員に対するセクシャルハラスメントトレーニングは義務化されていましたが、この8月のイリノイ州人権法の改定により、ニューヨーク同様に職場におけるセクシャルハラスメントの定義や雇用主がセクシャルハラスメントから保護しなければならない対象に非従業員を含むなど、連邦法の規定やセクシャルハラスメントの解釈を大きく上回るものとし、また、州内全雇用主に対し、2020年1月1日以降、年に1度の全従業員へのトレーニング実施を義務化しました。

トレーニングを義務化する全ての州同様、トレーニングの内容も、セクシャルハラスメントとは何か、関連法に関する説明、雇用主の責任、被害者に対する救済方法などを含むといった基準が設けられています。また、トレーニングの実施を怠った企業に対する罰金も設けられており、州の積極的な姿勢がうかがわれます。今後も、同様の動きが全米に広がっていくのではないかと予想するところです。

振り返れば、同法施行のきっかけになった#MeTooムーブメントが始まって早くも2年が経ちました。セクシャルハラスメントが社内で起きればどのような結果が待ち受けているのか?連日メディアで報道されているにもかかわらず、被害の告発は後を絶ちません。

「うちの会社は男性ばかりだから大丈夫」
「女性が多い職場だから問題ない」

このような認識をされている方もいらっしゃるかもしれませんが、本当にそうでしょうか?セクシャルハラスメントは、性的な性質を含む言動によるハラスメントのみを指すのではなく、性別(=生物学的な男女の性別差のみではなく、現在は自己認識の性、性転換者の性、といった社会学的な性別も含まれます)に関連して発生するハラスメント全ての事を指します。女性ばかりの職場に勤務するたった一人の男性従業員。女性従業員がその男性従業員をからかって「女性扱い」し、冗談のネタにすることもセクシャルハラスメントである可能性が潜んでいます。

また、「うちの会社がある州はトレーニングが義務化されていないからまだ大丈夫」という声も聞こえてきそうです。適切なトレーニングを行わずに罰金命令を受けることは、雇用主としてもちろん避けなければならないことではありますが、それ以上に避けるべきことは法律の有無に関わらず、セクシャルハラスメントを含むハラスメント対策を社内で適切に行うことです。ハラスメント関連の訴えは金銭的な損害を会社にもたらすのみならず、他の直接的・間接的な悪影響を及ぼし兼ねません。

職場におけるハラスメントから法的な保護を受ける対象者となるクラス(分類)は想像以上に多く存在します。ニューヨークを例に挙げますと、連邦法で守られている人種、肌の色、出身国、宗教、性別、妊娠、年齢(40歳以上)、障害、遺伝子情報、軍役ステータスに加えて自己認識の性、性的志向、教義、配偶者の有無、子供の有無、ドメスティックバイオレンスの被害者、犯罪/逮捕歴、内縁関係市民権の有無、サラリーヒストリー、無職状態なども存在します。

「たかがハラスメント」という理解・認識で済んでいた時代は終わりを告げ、ハラスメントへの対応が適切になされない企業はたちまちに沈んでしまうことも珍しくありません。セクシャルハラスメントを含むハラスメントが蔓延している職場では、精神的疾患による休職、人材流出、職場の士気や生産性の低下などが起こり得ます。セクシャルハラスメントの被害者が出た場合にどのように対応しますか?被害者が休職中の仕事にどのように対応しますか?ハラスメントに嫌気が差し、退職した優秀な従業員の代わりをどのように見つけますか?管理職や人事部に対し信頼がおけない従業員に対してどのように接しますか?また、ハラスメントに起因する生産性の低下に何ができますか?

これらの問題はハラスメントに対して適切な備えを整えておくことで、十分に防ぐことのできる問題です。従業員は他の従業員に対してのハラスメントを他人事として捉えておらず、常に「もし自分の身に何かが起きた時に、この会社はどのように守ってくれるのだろうか?」という視点を持っています。現代は様々なメディアやSNSによって、法律遵守を怠っている、また従業員を適切に保護できない企業の名が爆発的に広まっていきます。法律を遵守することは当たり前のことですが、従業員がお互いに尊重し合い、働きやすい環境を整える取り組みそのままが、ハラスメント・差別防止に繋がっていくのです。

ニューヨーク州のセクシャルハラスメント防止研修の期限は先日10月9日まででしたが、滞りなく行えましたでしょうか?カリフォルニア州も、昨年までの50名以上の従業員を雇用する雇用主の管理職者に対するトレーニング法が改定され、対象企業のサイズは従業員5名以上、トレーニングは従業員全員に行うことが必要になりました。管理職者、非管理職者でトレーニングの内容が異なりますが、ひとまずはいずれの従業員も来年中には1度目の研修を行わなければ法令違反となります。

法律によってトレーニング実施を義務づけられている、いないにかかわらず、まだセクシャルハラスメント防止トレーニングを行っていない雇用主の皆様には是非早期にトレーニングを実施されることをお勧めいたします。少なくとも管理職者に対する教育は重要と言えます。既にトレーニングを実施しておられても、管理職のみを対象にしていたり、法律で規定されている内容が含まれていないなどのケースが考えられますので、今一度、トレーニング内容の見直しを行うことをお勧めします。次は皆様の勤務されている州がセクシャルハラスメント防止研修が義務化される7つ目の州になるかもしれません。

山田明宏
Midwest/South Regional Sales Manager
Actus Consulting Group, Inc.