ニュースレター

2013-03-01
Newsletter 2013 年3月号  労務紛争についてのよくある誤解
ニューヨークの日系企業には、米国でも大規模に事業を展開する企業、日本では大企業だが米国ではそれよりも小規模にビジネスを営む企業、ニューヨークで少数精鋭部隊によりビジネスを行う企業等、様々なタイプがあります。これらいずれのタイプの企業にとっても、労務紛争によって大きなダメージを被るリスクをいかに減らすかが、重要な課題となっています。

私どもローファームには、毎日、ニューヨークの裁判所に提訴された裁判案件の一覧表がメールで送られてきます。この裁判案件の一定割合を必ず占めているのが、残業代不払い、給与からの不当控除、不当差別、ハラスメント、不当解雇等、様々な労務関連訴訟です。ニューヨークの労働法規は、労働者側を保護する方向で近年も改正されており、これに伴い、日系企業を含む多くの企業が労務紛争案件を抱える状況となっています。

 ところで、クライアントからときどき次のような意見を聞きますが、このような考えは正しいでしょうか。

①「うちはそんなに大きくないから、労務対策なんてまだ大げさだよ」
②「うちはアメリカ人ではなくて日本人を採用しているから大丈夫」
③「景気もよくない中、法務に時間や費用をかける余裕はないんだ」

①規模が小さくても労務紛争は発生する

 例えば従業員が数人しかいないから、残業代不払いや不当差別等の訴訟を起こされるリスクが小さいかというと、まったくそんなことはありません。実際、数人の規模の会社でも、採用時の雇用申込書(Application form)の不備や面接(Interview)時の不適切な質問で不当差別との訴訟を受けたり、管理職か否かの区分(ExemptかNon-Exemptか)が不適切だとして、時間外手当不払いについて訴訟を起こされたりするケースは決してまれではありません。むしろ、仮にこのような訴訟を起こされると、小規模の会社では、法務や人事の専属担当者がおらず、経営者自らが弁護士とともに対応せざるを得ないことが通常で、大きな負担となりますし、経営を圧迫しかねない金額の負担が発生することもあり得ます。

②日本人従業員でも、権利を主張して紛争になることは少なくない

 アメリカ人は権利主張が強く、日本人は調和を重視する。このような感覚を米国での会社経営に持ち込むことは危険です。日系企業の労務紛争を見ていると、日本人従業員との間での案件も決して少なくありません。日本人を雇っているから、ハンドブック等のルールは必要ない、ハラスメントや差別について神経質にならなくてもよい、と思っているとしたら、ただちに感覚を改める必要があります。

③ 労働紛争リスク対応のコストはカットできるのか?

これは非常に難しい問題ですが、1つ言えるのは、労務紛争リスクについては、紛争が発生する可能性と、いざ発生した場合の「エクスポージャー」の大きさ、すなわち会社が負担することになる経済的負担額の双方について考える必要がある、ということです。日本ではこの「エクスポージャー」についての検討があまりなされない傾向があるのではないでしょうか。

例えば、従業員から、時間外手当不払いを理由に訴訟を起こされるリスクを検討するとします。経営者が一人、あるいは、実質上の共同経営者たちと数人で経営していたときは、時間外手当不払いを理由に訴訟を起こされる可能性はほとんどなかったかもしれません。しかし、1人、2人と従業員を雇用し、彼らに時間外手当を正当に支払っていないのだとすれば、不満を持った彼らが、インターネットで検索するなどして、着手金無料で会社相手に訴訟を起こしてくれる労働問題専門の原告側弁護士にたどり着くことはいくらでも可能なのがアメリカです(特に、ニューヨーク地域ではここ数年、法律改正の影響もあり、従業員側弁護士の活動はとても活発なようです)。

また、例えば従業員Aに対して、約1万ドルの時間外手当不払いがある場合のエクスポージャーはいくらくらいとなるでしょうか。ニューヨークの労働法上、未払時間外手当全額(1万ドル)、合理的な金額の原告側の弁護士費用(事案によってはかなりの金額となり得ます。)、判決までの利息、未払額と同額の法定賠償額(1万ドル)の支払責任がまず認められる可能性があります。さらに、刑事罰として最高2万ドルの罰金や懲役刑が科される可能性もあります。もちろん、会社側は自らの弁護士の費用も支払わなければなりません。さらに、原告Aと同様の立場の従業員が他にもいれば、Aの弁護士は彼らからも依頼を受けようとしますので、この金額はさらに膨れ上がっていくのです。

こういった紛争発生の可能性と発生した場合のエクスポージャーを考えると、日常的に、労務紛争を予防し、また、仮に従業員から訴訟が提起されても敗訴しない、あるいは、上記エクスポージャーを減らすための取組みをしておくことには、それだけ大きな経営上のメリットがあると考えられるのは当然です(これが米国企業の通常の発想と言えるでしょう)。

採用に当たっての雇用申込書の完備、面接での注意点の確認、オファーレターや職務説明書(Job Description)の準備、採用後の従業員の適切な区分(ExemptかNon-Exemptか、従業員か独立契約者(Independent Contractor)か)、従業員ハンドブック等のルール・ポリシーの整備、労務紛争に関する仲裁合意の締結、そして、管理職に対するハラスメント等の研修、その他各種労務関係の問題に関する日常的な弁護士への相談、労務問題に関する専門家による研修への参加などは、紛争発生の危険性を下げるとともに、上記エクスポージャーを下げることが可能な取組みとして、重要な経営課題であることを認識すべきなのです。

※この記事の内容は、Moses & Singer LLPのオブ・カウンセル結城大輔弁護士が本ニュースレター用にアップデートしたものです。

記事提供:Moses & Singer LLPは、90年以上の実績を有するニューヨークのローファームです。雇用・労働問題をはじめとする各種企業法務、契約、紛争対応等、日系企業のご相談に幅広く対応しています。

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