ニュースレター

2019-05-22
コワーキング社が示す未来へのベクトル
オフィスリース契約の行程は、このデジタルの世の中でもアナログ的な取引だ。Uberのお陰でどしゃ降りの雨の中、「ブルックリンまで」と言って、乗車拒否されていた時代は大昔になった。Airbnbで宿泊の選択が広がった。それなのに、オフィスの選択にはブローカーが提案したスペースの内見を重ね、選択後には弁護士は何十ページにもなるリース契約書に目を通す。期間も10年契約が普通だ。だが、今の世の中、10年先にビジネスがどう変化するか読めない。ビジネス拡大による、オフィス拡張が必要になるのが3年後かもしれない。またその逆で2年後に縮小、ということだってある。大家ブローカーから届く物件案内もサブリース物件が多い。リース契約終了前に出る必要があるテナントが多いからだ。

これまでのオフィスリース契約の慣習は、利用者のニーズとずれ始めていたと私は思う。マーケットは、WeWorkの登場でそれに気がついた。既にRegues社が始めていたシェアオフィス業を進化させ、取引を簡素化効率化し、借りる側の頭痛を減らした点で、コワーキング(co-working。シェアオフィスのこと)のWeWorkは革新的だ。平方フィート辺りの賃料は、普通のオフィススペースよりは高いが、家具は買う必要がないし、Wifi環境も自分達で整備しなくて良い。コワーキング社は共通して、アグリーメントも2−3ページ、敷金もだいたい2ヶ月だ。契約も一年ごとの更新ができる。コーヒーは飲み放題で、コワーキングコミュニティーのイベントなどもある。コワーキング社が増えてきた今でも、先駆者WeWorkが革新的だったのは、ミレニアルの好みを把握したレイアウトや導線、コミューラルスペースの配置や、コンシェルジェ機能のコミュニティーマネージャーを置いたことだ。

今やコワーキングは個人や数名で構成されるスタートアップだけでなく、企業も利用する、ありがたいオフィススペースになっていて、大企業の利用も増えている。それら企業をコワーキング社はエンタープライズと呼び、又貸し業の役割を超え、企業に変わってオフィススペースをマネージメントし、サービスを提供する。2020年には、働く世代の50%がミレニアル世代へと進んでいく中、彼等が働きたい環境を提供するのが企業にとっても優秀な人材を確保するのに重要になっている。

コワーキング社にはミレニアル世代が好むオフィススペースのデータがある。アウトレットの位置、デスクの大きさや高さ、コミューラルスペースの利用度や、コンファレンスルームのデザイン等々。私の同僚のクライアントも10,000平方フィートを超える企業やスタートアップが、エンタープライズとしてコワーキングを選ぶケースが増えてきているという。

さてコワーキング社は、オフィスビルの数フロアをリースしてサブリースするといういわゆるシェアオフィスビジネスから、新しい形態にも進出している。例えば、インダストリアス社。2013年に、ブルックリンのプロスペクトハイツの小さなオフィスから始まった同社。私の自宅の近くで、同社のミツバチのロゴが気になっていたら、今では米国主要都市に70支店を展開するコワーキング社に成長している。このインダストリアス社、2019年の後半に、ニュージャージーのショートヒルズのモールにオープンする。リテイルの苦戦が言われ久しい昨今、モールも同様だ。魅力的なテナントを入れることで話題になるし、人のトラフィックも増える。コワーキングは、モールにとって、これまでにない新しいテナントだ。「モールに来るスタートアップ?」と初め絵がつながらなかったが、モールに店を構える小売企業のオフィスとしての利用もあるだろうし、店に売り込みたいスタートアップも興味を持つだろう。テナント同士のイベント等も、モールのマネジメントに変わって、インダストリアスのコミュニティーマネージャーができる。

そしてこのインダストリアス社、同じく2019年の後半に、35 Hudson Yardsにオープンするエクイノックス・ホテル内にコワーキングスペースをオープンする。エクイノックスホテルとは、そう、あのジムのチェーン店のエクイノックスだ。このホテルは、世界一大きいエクイノックスのジムが入り、その同じフロアに、インダストリアスが入る。ミレニアルは住む/働く/遊ぶ、をシームレスにできる環境を好む。そこを発展させ、ワークアウトの前後にも仕事が出来る、という環境を作った。ワークアウトは生活のルーティンだからだ。インダストリアスは、大手ジムに隣接してコワーキングを提供することで利用者の健康に特化したデータも得られるし、またホテル内のオフィススペースとしてホスピタリティの顧客の動向や嗜好データも得られる。コミュニティマネージャーにとっても本格的なホスピタリティ経験を積みオファーする場所になるだろう。

一方、WeWorkは75 Rockefeller Plazaに90,000平方メートル規模のコワーキングをオープンさせる。アイコニックなビルにリースをするのが注目に値するのではなく、75 Rockefellerのデベロッパー、RXR とWeWorkは、コワーキングからの売上と、リノベーションにかかるコストをシェアする、という点だ。デベロッパー達はコワーキングが自社ビルに入ることに複雑な心境でもある。その理由の一つが、コワーキング社にテナントの情報が集中し、自分達でその情報やデータが得られなくなってしまうのではないか、という不安がある。テナントが欲していることが分からず、的が外れたオフィススペースのビルドアウトをしてしまえば、借り手はつかず致命的だ。最近では、デベロッパー自らがコワーキングを始めるケースも出てきている。ただデベロッパー側も、餅は餅屋に任せたいだろうし、コワーキング側としてもこれから彼等の進出の妨げになるような動きはありがたくない。

コストと売上をシェアすることで、折り合いをつける、ということだろう。そして75 Rockefellerの最近の動きでいうと、Airbnbが同ビル内でアパートスタイルの宿泊できる部屋を10フロアに渡って展開するという話だ。ニューヨーク市が許可しての実現となるだろうが、その場合、滞在客が利用するコワーキングがWeWorkになる可能性がある。つまりサービス業としてのW社(WeWorkの親会社)のホスピリティ産業への参入だ。だが私は、参入という言葉は、適切ではないように思っている。これまでのホテル、という形ではない宿泊施設の形の模索。いや、もう既に絵図らがあるやもしれない。

米国全体のコワーキングの4分の1にあたる平方フィートがマンハッタンにある。また、マンハッタン全体のオフィススペースの2%がコワーキングスペースで、経済がスローダウンした時に、コワーキングの不安定さを指摘する声も多い。それでコワーキングはエンタプライズの顧客を取り込もうとし、また違う形にビジネス展開を進めている。「使い勝手が悪いから自分達で始めよう」的な発想(多分)が、今やオフィスリースの常識を覆した。これからどんな相手と組むのかにも注目していきたい。

茂木・ホール美紀
Director, Japanese Business Development
Vicus Partners
Office. 212 880 3735
mmotegi@vicuspartners.com
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日本政府観光局・ニューヨークオフィスで、国際会議誘致のリーダーとして北米アメリカの各種団体や組織のトップにプロモーションをかける。
2011年から3年半を東京で過ごし、その間に、東京で人材育成コンサルタントのビジネス開拓の担当として、外資系企業トップから日本の現地社員との意識のギャップについて等の話を聞く。これらの経験と異文化マーケティングの知識を、国際化を進める日本企業や、日本に進出する外国企業にフルに役立てる。
現在は、ニューヨークで、米系商業不動産ファーム、ヴァイカスパートナーズの日系ビジネスディレクターとして、マーケット提案などコンサルタント要素のある物件紹介業う一方で、ミレニアル世代の意識や行動の変化が米国商業不動産に与えている影響について分析を行い、JETRO NY主催のニューヨークスタートアップエコシステムの講演のスピーカーとして、日本やニューヨークで講演を行う。
現在は、ブルックリンで家族と愛犬と暮らす。