2017-11-29
このところのニュースは政治家や著名人のセクシャルハラスメント(セクハラ)疑惑の話題で持ち切りで、被害を受けたと訴える女性たちの出現が後を絶たない。これらの女性たちに同情の念を寄せる世論も強いものの、加害者として疑惑を投げかけられた側を擁護するグループからの風当たりも強く、それを覚悟した上で実名を以て体験談を公表する女性たちの勇気は称賛に価するものではないだろうか。これらの女性たちの背中を押すのは自らの勇気だけではない。#(ハッシュタグ)Me Tooムーブメントと呼ばれるツイッターやフェースブックといったSNS上での「私も被害にあいました。」と被害者である事実を“Me too.”という言葉でシェアーするムーブメントだ。「セクハラの被害にあったことがあれば、このツイートにMe too.と返信して!」というハリウッド女優のツイッターて始まったこのムーブメントは、このツイートが発信されてから24時間の間に数千人が”Me too”と反応しただけはなく、53000人以上のコメントが寄せられ、48時間以内のツイッター上トラフィックはミリオンを超えたという。当然フェースブックにもこのムーブメントはすぐに広がり、24時間以内に1200万件以上のポスティングがあった。ツイッター、フェースブック、インスタグラムと、現在もこのムーブメントの勢いは衰えない。
社員のSNS上のポスティングを雇用主が軽視すべきではないことは一般的な人事事情となったが、では社員の#Me tooポスティングに気づいた場合どう対処するべきだろうか。社員からのオフィシャルに苦情の申し立てがあったわけではない。アクションを起こす必要はないだろうか?人事に相談するように促すべきだろうか。
回答の鍵はハラスメントポリシーと対ハラスメント教育にあると言える。
セクハラが米国最高裁によって初めて定義されたのは1983年のこと。セクハラは雇用上の差別を禁止する1964年の公民権法第7章の違反行為とされた。それから30年。その間にEEOC (Equal Employment Opportunity Commission=米国雇用機会均等委員会) による積極的な取り組みの効果もあって訴訟は後を絶えず、敗訴、示談を含め多額の費用を企業が支払ってきた。2012年にカリフォルニア州の連邦陪審員が被害者に1億6千8百万ドルの賠償金を支払うよう命じ、たった一人の訴訟人の勝訴案件としては米国史上最大の判決が出されたことは記憶に新しい。現在係争中のセクハラ事件も多く米国の企業が負担しなければならない費用は想像を超える桁に上ることは間違いない。
セクハラは2つのタイプとして分類される。ひとつめはQuid pro Quo (=this for that) 型、日本語で言うと対価型ハラスメントだ。昇給や昇進といった雇用上のアドバンスメントの見返りとして性的行為に応じることを求められるもの。ふたつめはHostile work environment型、敵対的職場環境型。まわりから敵対されていると思わざるを得ないような職場での扱いを受けることで業務遂行に障害をきたすもの。前者が上司、部下といった力関係が存在することに対し、後者は、加害者は同僚、上司、部下、ベンダー、コントラクター、カスタマーと職務上のあらゆる関係において発生するもので、対価型ハラスメントよりも表面化しにくい。また、加害者側に悪意があったかどうか、意図的なハラスメント行為だったのかは重要ではなく、被害者がその行為をハラスメントとして理解するかどうかが判定のポイントで、加害者本人が気が付かないままハラスメント行為が発生していることもあり得る。
EEOCはセクハラが発生する環境を以下のように説明している。
• 女性も男性も両性とも加害者にも被害者にもなり得る。また被害者が異性であるとは限らない。
• 加害者は被害者の直属の上司に限らず、雇用主の代理人、他部署の責任者、同僚、社外の関係者も対象。
• 被害者とはハラスメントの対象の社員に限らず、加害者のオフェンシブな行為によって業務遂行上の障害をきたすような影響を受ける社員にも含まれる。
• 非合法的なセクシュアルハラスメントは被害者に経済的損害が発生しない場合や、被害者が職やアドバンスメントの機会を失うことがなくてえも発生しうる。
• 加害者のセクシャルハラスメントは被害者に歓迎されない行為でなければならない。
これまで表面化してこなかったセクハラ問題が、#Me tooムーブメントをきっかけに明るみに出る可能性は少なくない。この社会現象を機会に、セクハラ問題を防ぐための方策を見直したい。
まず、セクハラ及び全てのハラスメントを絶対に許容しない、というアンタイハラスメントポリシーの存在の確認。就業規則上でその旨のステートメントを行い会社の姿勢を明確にすること。このポリシーが存在しない雇用主は、ハラスメントを容認すると受け取られかねず、社員の安全を守るという雇用主の責任を果たしていないとみなされても仕方がない。また、被害にあった場合、またハラスメントの行為を目撃したり噂を耳にした場合、どのように、誰に申し立てを行うのか、被害者のプライバシーは守られること、申立者はいかなる報復行為からも守られること、調査のプロセス、加害者に対する適切な措置についても明文化し、社員全員がハラスメントを許さない、という会社のカルチャーを構築することも必要。
そして、社員教育。申し立てのあった社員や加害者として訴えられた社員にどう接してよいのかわからない、セクハラの加害者になっていることに気が付かない管理職も多いのが現実だろう。自身が加害者として申し立てられた場合は尚更だ。法律で管理職にセクハラトレーニングを受けることを義務付けているのはカリフォルニアのみだが、カリフォルニア州外の雇用主も、管理職に対するセクハラトレーニングを行うことは、セクハラ問題防止にとって重要な方法と言える。万が一セクハラ問題が起きてしまい訴訟に発展した場合でも、雇用主が日常的にハラスメント全般に対し、どのように向かい合ってきたのかを証明することができる。できれば、一般の社員に対しても、ハラスメントとは何かの認識と、被害にあった場合の対応について学んでもらいたい。管理職とは観点が違う事から、管理職用、一般社員用とグループ分けをしてトレーニングを実施することをお勧めする。また、人事に携わる社員は役職に関わらずどちらのトレーニングも受けておくのが好ましい。
訴訟や多額の賠償金や示談金といった問題だけではなく、ハラスメントが存在する職場環境では、社員のモラルが低下しモチベーションが見つけられない社員が増加、生産性は減退し、社員の入れ替わりも激しく、新入社員採用・教育にばかりコストや時間が浪費される、という悪循環が繰り返される危険をはらむ。
#Me Tooムーブメントに社員が参加しているのであれば、少なからず何かの問題が職場に潜んでいる。#Me tooムーブメントに参加したからといって必ずしもハラスメントの被害者であるとは言い切れないが、問題発見のアクションを起こし、会社はいかなるハラスメントも許容しないことを改めて社員に認識させることも大切だ。過去に申し立てをしようとしてみたが、真剣に相手にしてもらえなかった経験のある社員が、#Me tooムーブメントに参加しているかもしれない。会社に対する信頼を失い、SNSに感情の共有を求めているのであれば、会社と社員の間の信頼を再構築するためにも、会社が迅速なアクションを起こす必要がある。人は言葉より行動をより信頼するものだからだ。
最後に、ほとんどのミスコンダクトは業績関連であろうと勤怠関連であろうと、段階を追った指導・懲戒が効果的だが、セクハラを同様に扱う必要はない。その事実が明確になれば一度の行為にて懲戒免職の処罰となる就業規則違反として扱うとし、アンタイハラスメントポリシーで明文化しておくことが望ましい。
大矢まどか
Actus Consulting Group, Inc.
人事ディレクター